2025年5月から、IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.]が主催し、アビームコンサルティング株式会社とBlooming Camp(さくらインターネット株式会社)が共催する、トークセッションシリーズ「事業創出とデザイン」がはじまりました。
場所は、大阪市北区・グラングリーン大阪内のオープンイノベーション施設「Blooming Camp イベントスクエア」 。デジタルとデザインを組み合わせた事業創出が活発に行われている近年の企業活動を背景に、毎回異なるゲストを招いて実施する5回のセッションで、事業創出に関連する様々な「デザイン」を掘り下げます。
5月15日(木)に実施された第1回のテーマは「ビジョンデザイン」。アビームコンサルティング株式会社のdesign X architect テクノロジーコンサルタント 辻祥史さん、IDLのディレクター 辻村和正、そしてJR西日本SC開発株式会社 カンパニー統括本部 未来価値創造部 部長の出口清史さんが登壇し、参加者も交えたクロストークを行いました。
スナックやドリンクが用意され、カジュアルな雰囲気ではじまった第1回の内容をレポートします。
最初に、Blooming Campのコミュニティマネージャー・時任啓佑さんから、会場となったオープンイノベーションのための施設「Blooming Camp」(運営:さくらインターネット株式会社)の紹介がありました。チャレンジャーが集い「やりたいこと」を「できる」に変えるために持ち寄るこの場から、本トークセッションシリーズもスタートします。
続いて、発起人の一人であるアビームコンサルティングの辻祥史さんが、「事業創出とデザイン」の企画に至った背景を紹介しました。
アビームコンサルティング株式会社のdesign X architect テクノロジーコンサルタント 辻祥史さん
2018年に経済産業省・特許庁が提言した「デザイン経営宣言」によって、デザインが企業経営に大きく関わる存在として再定義され、近年、企業活動において適用される領域が広がっています。それに伴い、“デザイン”が指す意味も拡張しており、辻さん自身も企業の事業創出を支援するなかで、「その定義が抽象的で分かりにくくなっている」という課題感を抱いているといいます。
「経営や事業、製品、サービス、マインド、プロセス、組織など、さまざまなところでデザインが取り上げられるようになりました。まさに『デザイン大乱立時代』です。
それぞれのシーンで取り沙汰される“デザイン”って、一体何なのか。皆さんと一緒に掘り下げ、私自身も理解を深めていければと思っています。」
辻さんは、企画に込めた意図をそのように語りました。
講演スライドより
「事業創出とデザイン」では、事業創出のプロセスを
の4つに分け、深掘りしていきます。
初回のテーマは、「0→1」フェーズにおいて実施される「ビジョンデザイン」。ビジョンデザインとは何か、事業創出の初期にどのように関わるのか。IDLの辻村和正が行った話題提供と、JR西日本SC開発の出口清史さんによるゲストトークを振り返ります。
インフォバーンは、主に「0→1」と「拡大」のフェーズで企業や組織の支援を行うマーケティングコミュニケーション企業ですが、IDLが特に手がけているのは初期のアイデアを生み出す「0→1」フェーズです。なかでも、「Wicked Problem(厄介な問題)」と定義される、複雑性が高く、単一のソリューションで解決することや、完全に解決することが不可能なビジネス上の課題や社会課題を多く取り扱っています。
講演スライドより、「厄介な問題」について
厄介な問題に対しては、「解決」ではなく「対処」という言葉が使われることが多く、現在の延長線上で問題を捉えるのではなく、既存の枠組みを超えて新たな視点や並行世界を想定する姿勢が基本となります。つまり、今走っている思考のレールとは別のレールを新たに考えてみることで、持続可能な未来へ移行するための突破口を開く。辻村は、そんな模索をしていると現状を語りました。
このような複雑性の高い問題の対処に役立つのが、「ビジョンデザイン」です。辻村は、将来の理想的な状態や目標を明確にし、その実現に向けたプロセスを設計することと定義したうえで、デザイナーに限らず、多くの人にとって自分ごととして捉えるべきアプローチだと紹介しました。
「ビジョンデザインというと、なかなか自分ごと化ができない方もいらっしゃるかもしれませんが、マーケティングにおいても、従来の『あるものを売る』ビジネスでは通用しなくなり、未来の生活者のあり方を見据えた戦略が不可欠となってきました。
その点では、経営企画や新規事業開発、マーケティングなど幅広い分野で働く皆さんにとっても、必要とされる思考法ではないかと思います。」
ビジョンデザインのプロセスは、「往路(理想的な世界観の設計)」と「復路(理想的な世界に対するアクションプランの設計)の2段階に分けて考えることができます。このプロセスにおいて重要なのが、往路と復路での異なる思考法の使い分けです。
現在を「Now」の位置とした時、X年後の未来「X+Now」における理想的な世界観や状態をまずは描く。
その実現に向けたアクションをステップに落とし込む
まず、往路で意識するべきは「分散と接続」の思考。まだ、事業の対象もゴールも定まっていない段階で、分散するアイデアや情報を広く集めます。集めた後には、それらの接続が必要です。散らばったアイデアを関連付け、新しいパターンや可能性を見出すことで、従来とは異なる未来像を描くことができます。
一方、復路では「選択と集中」の思考で、アクションプランとリソース配分を定めます。目指すべき未来像が明確に描けた段階で、その実現に向け、時間や人材、資金などのリソースを効果的に選択し、具体的なアクションを設計していきます。
「復路の『選択と集中』は、社会人経験のある方なら慣れ親しんだ思考法ですので、やはり往路の『分散と接続』の思考がビジョンデザインの特徴であり、またとっつきづらいところでもあると思います。
2段階での思考とマインドセットの切り替えを特に意識的に行い、徐々にクリアにしていく。それが、ビジョンデザインのある種のコツだといえます。」
参照:ベネディクト・グロース、アイリーン・マンディア『デザイン・フューチャリング』,株式会社ビー・エヌ・エヌ(2024年)
IDLでは、ベネディクト・グロース、アイリーン・マンディアによる書籍『デザイン・フューチャリング』にて提案された手法を参考にしてビジョンデザインを実践しています。このプロセスは「探索」「想像」「戦略」の3段階で構成されており、「探索」と「想像」が分散と接続の思考を必要とするフェーズです。ここで情報やアイデアを広く集めて接続することで、新しいビジョンを描き、「戦略」フェーズで具体的なアクションプランを設計します。単に戦略を立てるのではなく、未来を広く探索し、可能性を検討することで、多様な未来像を創出します。
同書籍では、ビジョンを戦略に接続させる「想像」のフェーズでの分散接続思考は、「スペキュレーション(思索・投機)」「クリティーク(批評)」「イノベーション(革新)」の3つの方向性に分類されています。
X軸は未来イメージの確度で、左側に確度が高い「起こり得る未来」、右側に確度は低いが理想的な「望ましい未来」。
Y軸は成果物の性質で、上段に「言説や議論」といった問題提起や批評、下段に「プロダクトやソリューション」といった実際的なものがおかれている。
参照:ベネディクト・グロース、アイリーン・マンディア『デザイン・フューチャリング』,株式会社ビー・エヌ・エヌ(2024年)
上段のスペキュレーションやクリティークは議論や問題提起を目的とし、下段のイノベーションはソリューション創出を目指します。
「ビジネス領域の方には、下半分に位置するイノベーションに資するビジョンデザインの方がイメージがしやすいと思います。
しかし、それ以外にも、例えば公共的な組織や国が社会のあり方や国の行く末を模索する場合は、スペキュラティブであったりクリティークな視点からビジョンを描くアプローチも必要になってくるのではないかと思います。必ずしも、イノベーションがゴールではないということです。」
実際にIDLがこれまで取り組んだ具体例として、
以上の3つを紹介し、話題提供を終えました。
ビジョンデザインの解説を受け、最後に登壇したのが、JR西日本SC開発にて未来価値創造部の部長を務める出口清史さんです。
JR西日本SC開発株式会社 カンパニー統括本部 未来価値創造部 部長の出口清史さん
JR西日本SC開発は、「LUCUA osaka」や「天王寺ミオ」の運営のほか、駅ビルなどショッピングセンターの開発・運営を行う企業です。出口さんは現在、JR西日本からJR西日本SC開発へ出向し、グループ全体のショッピングセンター事業の経営戦略責任者として、新規事業やサステナビリティ関連施策など、デザイン思考を活かした活動に注力されています。
その一つが、2023年に行ったJR西日本グループのパーパスの策定です。国鉄時代から続く鉄道事業にはじまり、駅ナカの商業の拡大、新幹線というイノベーションなど、JR西日本グループはこれまで「速く、近く、便利にする」機能的価値を提供してきました。しかし、コロナ禍を経て、より情緒的な価値に注目し、新たに掲げたパーパスが『人、まち、社会のつながりを進化させ、心を動かす。未来を動かす。』です。
「人口減少や、人々の価値観の多様化があり、コロナ禍によって通勤・通学も大きく変化しましたので、今後はより情緒的な価値を提供していく必要があると考えました。大阪駅でさえもこれからは『わざわざ来ていただく場所』に変化していくんじゃないか。そんな未来を描き、『心を動かす』という言葉に思いを込めました。
これに象徴されるような未来志向で企業ブランディングや組織文化の変革を推進する流れを受け、立ち上げられたのが「未来価値創造部」です。デザイン経営やサステナビリティ経営の考え方で、地域共生、地球環境、人的資本経営、ガバナンスの4つの柱で取り組みを推進。自社のみならず社会全体のエコシステムを意識し、自分たちの役割を再定義すること、共創することを重視しています。
地域共創の実践例として紹介された1つ目が、大阪万博と地域を連携する「まちごと万博」です。大阪のまちをパビリオンに見立て、経済界や行政、クリエイター、学生など多様な人々が共創し、様々な企画を提供しています。
公式サイト「夜のパビリオン」より
出口さんがプロデュースしたのは、まちのナイトエコノミー&カルチャーの魅力を発信する「夜のパビリオン」。LUCUA osakaを「EXPO酒場キタ本店」、心斎橋PARCOを「EXPO酒場ミナミ本店」とし、大阪万博を訪れた後まちに繰り出す来訪者、国内外の万博関係者と市民が、お酒を飲みながら交流できるコミュニティスペースを創出しています。
「万博関係者が世界中から集まる期間なので、昼間の肩書きを外してカジュアルトークができるようなまちの拠点をつくった方がいいなと思ったんですよね。
『こんなことしたらおもろそう! やってみたい』と提案すると万博関係者、企業の役職者、そして若者まで、誰もが『やろう、やろう』とのってきてくれる。そんな機運が高まっている今だからこそ、企業もこの機会をきっかけとして使うべきだと考えています。」
大阪万博のオランダパビリオンともコラボレーションし、ビジネスパーソンの多いEXPO酒場キタ本店では働くまちの憩いの場としてトークショーを提供したり、カルチャー色が強いEXPO酒場ミナミ本店ではオランダで盛んなテクノを中心としたDJイベントを開催したりと、エリアの特色に合わせて交流のきっかけを生み出しています。
出口さんは、単なる業務としてではなく、万博をきっかけにして自発的に面白いことを生み出そうとする姿勢が、関わる人たちの熱量や成果に大きな差を生むと指摘しました。
「Nishi Nippon ARTrail」について
また、地域共創のもう1つの事例として、今年始動した「Nishi Nippon ARTrail」の紹介がありました。「瀬戸内国際芸術祭」をはじめとする西日本エリアの大型の芸術祭と連携し、アートの現場の裏側を伝えるトークショーを開催するなど、アートと生活者の新たな接点を創出する試みです。出口さんは、芸術祭のプロセスを編集して生活者にひらいていくような役割を担う人材が不足しているという視点を以前から持っており、そうした活動も共創の一形態と捉え、様々な企画を展開しています。
最後に、地球環境配慮の取り組みとして紹介されたのが、LUCUA osakaで継続的に実施している衣料品回収活動です。こちらは、経済産業省の令和5年度「デジタル等クリエイター人材創出事業費補助金(アート・ファッション人材創出支援)」により運営された「みらいのファッション人材育成プログラム」に採択され、IDLも事務局として伴走支援した取り組みです。
「ルクア、毎日、服の回収つづけます。」より
「とにかくやってみよう」と2024年2月からはじめ、PoCを重ねるうちに、回収量やブランド、サイズのほか、LUCUA osakaで実施するからこそ集まる服の質など、大量のデータが溜まり、様々な発見があったそうです。
ルクア 3Fに設置された回収ボックス(2024年11月 実施時、提供:JR西日本SC開発)
「その結果を次の実施に反映するサイクルを回し、2024年11月に実施した際は回収BOXを透明に。持ち込んだ衣料品を顧客自身が
の3段階に分類し、投入してもらう形をとりました。
その工夫を楽しむ参加者が多く、1週間で3000着もの衣料品が集まり、2次流通業者の引き取り金額の増加やアップサイクルがしやすくなるなどの効果もありました。現在はこの回収BOXが常設になったほか、着なくなった服に「捨てる」以外の選択肢を提案する「服の決まり手 82手」をはじめるなど進化を続けています。
出口さんは、サステナビリティ活動には生活者にとっても社員にとっても、やってみたいという共感やワクワクするアイデアを引き出す面白さが重要だといいます。
「『地球環境にいいんですよ』っていわれても、いらなくなった服を回収に持ってくるなんて面倒くさいですよ。『地球環境に配慮した取り組みをやりましょう』っていうのも、先ほどの芸術祭と同じで、ハードルが高いと感じます。
いかに『面白そう』『やってみたい』と感じてもらえるか。そのためには、まず社員自身が楽しみながら取り組むことが大切です。そのうえで、生活者を含めたいろいろな方々の声に、真摯に耳を傾けることを常に意識しています。」
出口さんは最後に、1970年大阪万博に関連して国鉄が実施したキャンペーン「DISCOVER JAPAN」を例に、個人の「面白い」や「いいな」を社会に広げる重要性を語り、プレゼンを締めくくりました。
Q&Aタイムのあと、会場は登壇者と参加者が入り混じる交流の場へと変わり、第1回のトークセッションは盛況のうちに幕を閉じました。
第2回のテーマは「ビジネスデザイン」、第3回は「サービスデザイン」と続きます。今後のセッションもレポートでご紹介する予定ですが、ご興味のある方はぜひ会場でご参加ください!
https://idl.infobahn.co.jp/event/20250710