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音がいざなう、生活者への没入体験|Service Design Camp2025ワークショップレポート

作成者: IDL|Jul 10, 2025 9:10:55 AM

街中ですれ違う「あの人」がどのような音の中で過ごしているか、考えを巡らせたことはありますか?

2025年6月7日、Service Design Network日本支部の主催により、初心者・経験者を問わずサービスデザインを学び合うイベント「Service Design Camp2025」が開催されました。

3回目の開催となる今回、IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.] はスポンサーとして参加するとともに、Sound & Thinkingの手法をベースにしたワークショップを出展しました。本レポートでは、当日のワークの様子をお伝えします。

 

音によって創造性をひらく「Sound & Thinking」

Sound & ThinkingはIDLの提供するサービスの一つであり、「音」という不定形で自由な概念によって、通常では意識できない感覚を研ぎ澄ませることを目的としたプログラムです。

通常のプロセスでは事前課題としてフィールドレコーディングを行い、録音した音を用いてプロトタイプの制作を行いますが、今回は「音で深める生活者への共感と創造性」という副題を冠し、音による感性へのアプローチを体験するプログラムを実施しました。

テーマとして設定したのは、「近所でよく見かけるけど話したことのない“あの人”」。ある人物の生活シーンについて、音を起点に「妄想」を膨らませていくことで、生活者への共感度・没入度を高め、新たな視点・気づき・可能性を探索していきます。


当日の進行は、 Sound & Thinkingを開発したIDL髙塚が務めました

Sound & Thinkingでは自らの感性をベースにワークを進めるため、自身のマインドセットが非常に重要になります。ファシリテーションを担当したIDL デザインストラテジストの髙塚は、集まった参加者に対し「このワークには正解も不正解もありませんので、うまくやろうと考えなくても大丈夫です。どんな情景が見えてきたか、自分なりの感覚を大事にして、自由に楽しむマインドで取り組んでください」とワークに挑む心構えを語りました。

 

 

「音」に意識を傾け、街を歩く

ワークは、「近所でよく見かけるけど話したことのない“あの人”」の年齢や職業、家族構成、そして生活シーンを思い浮かべるところから始めます。ここで想像するのは、現実に存在しない人でも構いません。その人物の人となりを当てることではなく、その人物や生活に思いを巡らせるという、自身の内面で起こる活動を目的としているためです。

想像した人物をチーム内で共有する時間では、「そういう人、いるいる」という共感の声や、「そんな人ならこういうこともしているんじゃない?」といった、人物像の解像度を上げるヒントも飛び出しました。


主催であるService Design Network日本支部の方々も含め、20名の方にご参加いただきました

フォーカスする人物の輪郭が定まってきたところで、次はその人物の周りで鳴っている音を想像します。保育士として働いている人であれば子どもの歓声、サーフィンを趣味にしている人であれば波の音と、その人物の生活に伴うさまざまな音を思い浮かべてみます。

音のイメージを形作れたら、次は実際にその音を「採取」するべく、フィールドワークに出発。

ワークで想像した音やそれに近しい音が鳴っていないか、耳を澄ませながら芝浦の会場付近を散策します。また、自分が動かしてみたり足を踏み入れたりして、人が介入することで発生する音にも注目してみます。

まとまってフィールドワークに出かけたチームでは、目当ての音をどこでどのようにすれば採取できるか、相談し合うといった場面もみられました。


協力して音を採取しにいくチームもいれば、各々好きな場所に赴いて採取を行うチームもありました

休日の昼間であることもあり、家族の声や交通音は採取しやすかった反面、静かな生活を送る人を想像した方にとっては騒がしい環境で狙った音が採りにくい、という難点もありましたが、散策の途中で別の音に気づき、新しいイメージが湧いてきたと話す方もいらっしゃいました。

音に注目しながら街を歩くという日常では行わない体験が、参加者を“あの人”へのダイブへといざないます。


人工物の立ち並ぶ街の中で鳥の鳴き声に気づき、すかさずマイクを向けます

 

 

“あの人”にダイブし、妄想を膨らませる

フィールドワークを終えると、採取してきた音をチーム内で共有しながら最初に想像した人物像のイメージをさらに膨らませていきます。また、さらに一段階”あの人”へと没入し、生活シーンを描いたストーリーと、「彼/彼女に何かしてあげられるとしたら?」という仮定のもとでツールやサービスのアイデアを考えます。

このワークでは、音によって感性が研ぎ澄まされる感覚を味わうため、写真やイラストなど視覚的な情報は一切使わず、音だけを頼りに発想を広げていきます。そしてもう一つ重要なポイントが、「それは偏見では?」「もはや妄想だ」と思えるほど大胆に発想を飛躍させること。妄想によりアイデアを発散させることで、通常のペルソナを用いた場合とは異なる角度のアイデアの創出を促します。

音による妄想をどんどん深めてもらうため、ファシリテーター側からは、音を映像的に捉える、録音した音に含まれる意図しない音に注目する、チームメンバーの採取した音や考えたストーリーとのリンクを考えてみる、といったガイドを行いました。

この心構えのもとでワークを実施すると、「この人は“絶対”こういうことをする!」「なんとなく、これは嫌いそう」とお互いのイメージを共有して刺激しあったり、「この音、使わせてもらっていいですか?」と、音を分け合ったりするシーンが各チームで頻発。チームでの協働だからこそなしうる知見の創出、アイデアの促進が行われていました。

ワークショップの締めくくりでは、各チームの代表者から思い浮かべた生活者像、採取した音、妄想したストーリーとツール・サービスのアイデアを発表いただきました。

そのうちの2つをご紹介します。

 

①想像した”あの人”:同じマンションに住むおばあさん

日々、老犬の扱いに手を焼きながら近辺をゆっくりと散歩するおばあさん。そんな彼女が活力を取り戻すのは、商店街の魚市場の前。「こいつは全然ダメだね!」「今日のアジは活きがいいね」と魚を見定める彼女は、かつては海のそばの街で生まれ育ち、釣り名人としても名を馳せていたのです。懐かしい潮の香りによって、さざ波の音が響く故郷の記憶がよみがえります。

 

代表者の方は、そんなおばあさんに競りや目利きの仕事を斡旋するなど、お年寄りの特技を活かせる機会を創出する仕組みづくりを提案。また、そのアイデアを実現するうえで世代間のコミュニケーションが壁になりうるという新たな課題まで発見されていました。

 

②想像した”あの人”:近所でマラソンをしている男性

50代の彼は、亡くなった父の遺産を受け継ぎ、老いた母と慎ましやかに暮らしています。ほとんどの時間を自宅で過ごしている彼にとって、毎日の日課であるマラソンは外の世界とつながることのできる唯一の時間です。アスファルトを蹴り上げる音、自らの肺が吐き出す息遣いを通じて、彼は世界の輝きを感じています。

 

男性の素敵な感性を伝える手段として、チーム全員で発想したのは「俳句」。街を走りながら自身の感情を句として紡いでいくという、意外かつ興味深い方向性のソリューションが提案されました。

他のチームからも、妄想によって深められた生活者像とストーリー、そして創造性に富むツール・サービスのアイデアが発表されました。参加者のみなさんからは、チームで音を共有しながら想像を膨らませることで、多様な角度からの知見が得られ、自身のイメージが変容していく体験をしたという感想が多く寄せられました。

通常のデザインプロセスでは発揮しえない感性が研ぎ澄まされ、新たな創造性がひらいていく感覚を味わっていただけたのではないでしょうか。

 

 

Sound & Thinkingの活用可能性



音は常にわたしたちの身近に存在しています。普段はノイズとして扱われ、通り過ぎ去られていく音にこそ、生活者の見えざる内面にダイブする入口があるのかもしれません。

今回のワークショップでは、言語化や視覚化に頼らず「音」のみにフォーカスすることで、普通に過ごしていても気付けない音への気づき、特定の人物に関する深い気づきを得ることができました。

デザイン思考の手法において、思考のプロセスやマインドセットを転換させるアプローチは多くみられますが、Sound & Thinkingのように感性や身体性に働きかける手法はまだまだ少ない、かつ近年ニーズが高まっている領域であると考えています。Sound & Thinking は人材開発を主な目的にしていますが、今回取り上げたペルソナ開発のように、さらに活用の幅を広げられるかもしれません。IDLは、Sound & Thinkingの継続的な実施とともに、その活用可能性を模索していきます。

Sound & Thinkingは個別に最適化した実施にも対応しております。ご興味のある方はぜひお問い合わせください。

 

執筆:Design Researcher 伊原 萌櫻
編集:Design Strategist 山下 佳澄
撮影:Design Director 辻村和正、Design Researcher 阿部 俊介

 

関連サービス:Sound & Thinking

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