コンシューマー向けへの展開を目前に、日々進化を続けるバーチャルリアリティ(以下、VR)。そのビジネス活用の可能性はどれほどのものなのでしょうか。
2015年9月26日に日本科学未来館で開催された「Breakthrough Summit 2015」では、VRのビジネス活用への展望、またその魅力と可能性を伝えるセッションが行われました。
登壇したのは株式会社ハコスコ代表・藤井直敬氏、VRプロデューサー・藤山晃太郎氏、株式会社ネクスト・秋山剛氏の3氏。いずれもプラットフォーム、コンテンツ開発、ソリューションビジネスとそれぞれの領域でVRを活用する先駆者です。モデレーターは弊社クリエイティブ・フェローの木継則幸。「一般化」「マーケット確立」などをキーワードに、今後の課題と可能性について議論しました。
理化学研究所 脳科学総合研究センター 適応知性研究チーム チームリーダー 藤井直敬氏
脳科学研究が本職の藤井氏。研究手法として培ってきたVRの技術を応用し、スマートフォンと組み合わせた段ボール製VRビューア「ハコスコ」を開発しました。2014年に株式会社ハコスコを起ち上げ、現在ではデバイス販売から配信ビジネスにウェイトを移しています。今後注目するコンテンツ分野は個人アーカイブとのこと。
「360度動画の面白さは、一人ひとりの体験や思い出などと結びついてくる。人生のアーカイブとしての価値を訴求し、皆さんに楽しんでいただきたい。今後360度動画は、みんなで共有し楽しむ段階になっていくと思います」
パーソナル全天球カメラや配信プラットフォームの発展とあわせて、個人体験の共有が浸透していくことを示唆しました。
手妻師/VRプロデューサー 藤山晃太郎氏
スマホを使った「一般化」を推進するのがハコスコだとすると、それとは対照的なアプローチを試みるのが藤山氏。「手妻」という古典奇術の継承者でありながら、アミューズメント施設やイベントでVRを用いたアトラクションをプロデュースしています。
「『アトラクション』には『惹き付ける』という意味があります。たとえばジェットコースターは、(乗ることはもちろん)ユーザーが乗っている様子そのものがコンテンツになっていて、周囲の人はそれを見て自分もやりたいと思う。VRもこうあるべきだろうと思っています。身体運動を伴うVRにより、身体と頭脳を活性化させる瑞々しい感動体験を提供しています」
藤山氏の追求する「パブリックビューイングも含めたコンテンツづくり」は、個人で完結するだけではなく、その周りも含めて楽しめるVRの可能性を見せてくれます。
株式会社ネクスト リッテルラボラトリーユニット ユニット長 秋山剛氏
プロモーションやエンタテイメントとは違った視点からVRのビジネス活用を試みるのがネクスト秋山氏。「『新しい家探しのカタチ』を、従来の紙やWEBから脱却できないか研究しています」。
秋山氏が手がけた家作りのシミュレーションシステム「GRID VRICK」は、おもちゃのブロックを組立ていくとほぼリアルタイムで3DCGの家を生成。VR空間の中で、自分の作った家の中をウォークスルーできます。
「ITリテラシーの有無に関係なく、お子さんやご高齢の方など幅広い方に家づくりを楽しんでもらえる。それにより、家族間での会話が生まれる。今までに無い価値を提供できたと思います」
秋山氏は、コミュニケーションを生みだす手段としてのVRの可能性に着目します。
インフォバーン クリエイティブ・フェロー 木継則幸
ハードの話題が先行するなか、今後求められるのは、VRならではの魅力的な「コンテンツ」。そのためにまず必要なのは、チームづくりといえます。秋山氏のように、企業内で新しい発想をスピーディに実現するのは容易ではないと思いますが、どのような組織づくりをしているのでしょうか。
「最初に会社に言ったのは『裁量を全部くれ』ということ。何を作るか、いつ出すか、作ったものを公開するか否か、そういうことをすべてコントロールさせてくれという話をしました」
明確なビジョンを持つ人間が、完全にコントロールできる環境をつくることがひとつのポイントといえそうです。加えて強調するのは、スピード感の重要性。
「自分たちでなければ作れなかったという付加価値をつける。それをさらにスピードを持ってつくる。そこは強く意識しています」
藤山氏も同様に「発想だけではメンバーは集まらない。だから動くものをすぐにつくる。それを面白いと思ったメンバーが集まってはじめて実現できる」と、プロトタイピングにより、発想をすばやく共有することの必要性を説きます。
コンテンツやサービスの開発環境に、もうひとつ欠かせないのが「資金」。北米ではビジネスの成長にあわせた支援環境が整っているようですが、国内の投資環境はどのような状況なのでしょうか。
「今はマーケットを各分野で作っていくフェーズ。お金を落とせる度量をもった投資家は非常に少ない」と藤井氏は、日本の現状を解説。続けて、ここ1年の海外におけるVR市場の拡大には、資本力をもったプロフェッショナルの参入が影響していることを指摘します。
一方、藤山氏は、VR業界における人材不足を問題視。「VRに対する異業種の流入が少ない。イラストレーターや映画監督、音楽家など、優れた経験を持つ人たちを引き寄せられれば、VR業界の活性も加速する」と、人を感動させる力をもった人材の参画を求めています。
人材が参入し、インパクトのあるコンテンツが生まれることが好循環へと結びつきます。この循環を生み出そうとしているのが、藤井氏が設立したVRコンソーシアム。
「『ハードウェア』『コンテンツ』『開発環境』『メディア』の4つがうまくつながり、それぞれの間でお金が回ることで、マーケットサイズが大きくなる。お互いのノウハウを共有し、マネタイズの方法をみんなで探っていくための場所作りをしています」
マーケットが確立された先にはどのような未来が待っているのでしょうか。
いずれVRはARに統合されると考える秋山氏。「たとえば、脳が直接インターネットに接続できる時代。その時、GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)としてVRが活きてくる」と、VRの未来について語ります。
また、藤山氏は「僕にとってVRとは、メディアの世界をより深く体験できるもの。VRに何ができるのだろうというのは、テレビに何ができるのだろうというのと同じこと」と、インフラ面での多様な可能性を見出します。
さらには、VR空間内での活動が、人間の認知に影響を与えていくだろうと考える藤井氏。「VRは新しいワークスペースとして使われると思います。そこで人間の行うひと通りのことはできるでしょう。それにより現実とどうつながって、人間の認知が拡張されるのか、ものすごく興味があります」
現在、VRデバイスの主流となっているHMD(ヘッドマウントディスプレイ)という形状も一過性のものかもしれません。藤井氏は現実と仮想の境界が曖昧になる世界を予見します。
「今後はHMDを使わず、壁や服などをスクリーンとし、何でも映し出される時代が来る。あらゆる日常空間がどんどんハックされ、知らないうちに操作可能になる。それこそが将来、VRが実現するものだと思います」
三者三様の視点でVRの可能性を見据えていますが、VRが私たちの生活を変えていくのはそう遠いことではないでしょう。そして、生活をどのように変えていくのかは、私たちの行動次第です。
組織づくりから人の認知の変化まで、VRのもつ可能性についてさまざまな議論が行われました。セッションを通じて感じたのは、VRは本来持っている意味よりも狭く定義されているのではないかということ。現在、VRを軸とした周辺テクノロジーが急速に進化しています。問題解決の一手段としてVRを広く捉え、他のサービスやテクノロジーと結びつけて発想していくことが、VRのビジネス活用につながるといえるでしょう。