こんにちは、IDL(INFOBAHN DESIGN LABO.)主幹の木継です。
IDLでは、企業に対するイノベーション支援の一環として、個人が組織を越えて関係構築を図り、共創を生みやすくするためのコネクションの場を提供しています。2017年1月にも本活動の一環として“食”をテーマとしたWorkshop Eventを開催する予定ですが、今回は先立って10月20日にFilament社と行ったイベント「KITchen on THE DECK」の様子をリポートします。
イベントのテーマは「未来のキッチン」。メーカーやサービスインダストリー、プラットフォーマーなど、多層な領域で食の変革に取り組まれている方々にお集まりいただき、未来の料理体験の発想を通じ、これからの生活のあり方とそれらを実現する製品・サービス開発のためのヒントを探ります。
そもそもIDLがなぜ、料理をテーマとしたイベントを行うのか。詳しくはプロジェクトブログ“KITchen TALK”をご覧いただきたいと思いますが、ここでは3つの理由を挙げておきます。
まず第1に、料理は生活の重要な土台であり、身近でアクセスしやすいということ。第2に、料理は多様な文脈を持つ活動領域であるがために課題も多く、たくさんの人々がその解決に取り組んでいること。そして第3に、だからこそ変革の可能性があり、また我々も学ぶべきことが数多く存在すること。
つまり、身近だからこそ気づかぬ課題が潜み、その課題に取り組む過程にイノベーションのヒントがあるのではないか——本イベントでは第一線で活躍する5名のゲストをお招きし、彼ら独自の視点を取り入れながら、「未来の体験」の創り方を探索します。
まずはアイデア・ワークショップのインプットとして、IDLの辻村から「KITchen.」についてプレゼンテーション。料理支援サービス「KITchen.」プロジェクトにおける、行動観察を通じた価値探索と、価値提供のスキームをエコシステムサービスに転換するまでのプロセス、そしてhu+gMUSEUM(大阪市西区)でのエキシビションの様子が紹介されます。
続いて最初のプログラム、アイデア・ワークショップへ。お題は「3年後の料理体験や周辺サービスが、生活者や社会に提供しうる新たな価値と、それによって良い文化や習慣をもたらすアイデアの発想」。電機や食品、ヘルスケア、ITなど、さまざまな分野から集まった30余名の参加者が5つのチームに分かれ、IDLオリジナルのフレームワーク「innovation design sprint」を活用し、3年後に実現し得る製品やサービスを発想します。
「IDL Innovation Design Sprint」
1. Problem Seeking(課題の発見)
2. Powerful Quiz ─How might we? (課題のリフレーム)
3. Resources & Opportunities (資源と機会の発見)
4. Ideation (発想の拡散)
5. Escalation (アイデアの優先付け)
6. Focus & Integrate (アイデアの統合と文脈化)
7. Visualize(ストーリーの可視化)
フレームワークによりアイディエーションは7段階のプロセスに構造化され、素早い視点の転換と創発的なコミュニケーションが促されます。課題をリフレームし、異なるアイデアを結びつけ、その有用性を生活者観点/事業観点で検証する——100分足らずの間にアイディエーションの凝縮されたエッセンスを体感しながら、各チームがアイデアをブラッシュアップしていきます。
こうして生まれたアイデアは全部で5つ。家という環境全体で食をサポートする“Life Trainer”、音と融合しながらポータブルに調理を楽しむ“リズム de cooking”、食のシェアをコミュニケーションに変える“O.S.U.S.O.”、生活システムと社会システムを統合した形でゴミ問題を解決する“GoMirai”、パーソナリティを伴ったレシピサービス“母富フネ”。
食の課題をコミュニケーションに転換する発想や、個の欲求を全体最適の形で社会課題に接合していくシステムのデザインなど、発想の柔軟性とそれを形に落とし込むデザイン手法の考えは、いずれも参考になるものばかりです。今回のワークショップの主目的は“新たな視点の獲得”ですが、同時に、体験拡張から環境問題への適応まで、料理起点の体験発想が実に多様な方向性をもつことを確認する場となりました。
最後のプログラムは、パネルディスカッション。テーマは「“未来の料理”の発想を通して考えるイノベーションの創り方」。フィリップス・佐野氏、パナソニック・大野氏、シャープ・佐藤氏、オムロンヘルスケア・小池氏、リベルタ・澤野氏の5名のパネリストにより、キッチンにおける未来のあるべき方向性が議論されます。
「皆さんが考えるキッチンの課題は?」——モデレーター・角氏の問いかけからはじまった議論で浮上してきたキーワードは、“キッチンの閉塞性”。調理家電開発の経験から「キッチンの孤立化」を指摘する佐野氏、火にまつわる生活文化史を紐解きながら“多様な人が交わるキッチン”の必要性を説く小池氏、そして共働きの体験から“女性の孤立”を課題視し「料理は女性のものという価値観を変えないと」と語る大野氏。いずれも“社会/コミュニティ”それぞれの枠組でキッチンの閉塞性を捉えます。
一方、同質の課題に対して“料理文化の醸成”という観点を持つのは佐藤氏。「料理は個人の経験の上に成り立っているものが多いので、そこをつないでいきたい」。対して澤野氏はキッチンの“課題”よりもその“可能性”に目を向けます。キッチンによって「ものづくりを通じた相互理解や交流を生むことができる」。それぞれの課題意識から、キッチンは“料理/人/社会”と異なるレイヤーで閉鎖性を持つことが見えてきます。
「その課題はなぜ存在するのか」——続く議論から伝わってくるのは「効率化から文化へ」というメッセージ。佐野氏は、キッチンという閉ざされた場所が、効率化を目指すサービスにより更に閉ざされ、さらにはメンタリティの閉塞が生まれている状況に疑問を投げかけます。そこにあるのは“効率的なキッチン”の先にある“文化をつくるキッチン”という視点。
さらには、「忙しいから“簡単に”、“効率的に”、という方向でいいのか? その先に夢はあるか? もう一度、おいしいという原点に戻らないと」。小池氏のこんな言葉から、我々がサービスによって実現するものは何か、その“本質”について深く考えさせられます。
では、未来のキッチンのあるべき方向性とはどのようなものでしょうか。“一人ひとりの食体験の積み重ね”、“場所という制約からの解放”、“変化に富んだ生活スタイル”、そして“家/仕事/街の連続性”など、新たな視点を示唆するキーワードが飛び交いますが、それぞれの意見を角氏は次のようにまとめます。「未来のキッチンは、物理的な制約から解き放たれるのではないか。人と人をつなげる威力を持ち、物理的制約、時間的制約から解き放たれ、生活を楽しめる社会でのキッチンの役割が未来にとって理想的なものとなるのではないか」
加えて印象深かったのは、「キッチンは社会情勢を反映し続ける」という佐野氏の言葉。キッチンの未来を考えるとき、キッチンばかりにフォーカスしてもそこに本質的な解はありません。自らの視座を高め、生活や社会そのものを全体的に捉えることで、より多くの発見がもたらされます。一方で、キッチンを通して、人と環境の相互作用を逆方向から捉えていくこともまた可能です。5名のディスカッションは、こうして観察と思考のパースペクティブを自在に変換していくことの必要性を改めて意識させるものでした。
自発的な思考を促す“ワークショップ”と、本質的に思考を深める“ディスカッション”。2つのプログラムを組み合わせて視点が縦横無尽に交差する場をつくり出し、そのなかで人と人の新しい接点を生み出す。このような試みとして企画した「KITchen on THE DECK」ですが、異質なものが集まるからこそ、混合と融合が生まれ、新しい視点を獲得する──新たな発見にあふれ、創発のダイナミズムを実感し、それぞれが新しいアイデアの種を見つけることのできる場となったのではないかと思います。
イベントから2ヵ月ほど経過した現在、参加者同士による次のアクション、また継続的なトライアルも生まれています。このような形で、IDLではイノベーティブな価値創出を続けるための土壌、つまり共創の生まれやすい関係構築を今後も支援していきます。早速、年明け2017年1月には、また違った形で企業や組織同士のコネクションの場を計画しています。どうぞお楽しみに。