デザインリサーチの一種として近年注目されているリサーチ・スルー・デザイン(Research through Design、略してRtD)。RtDについて情報を共有し、共に考えていく「リサーチ・スルー・デザイン研究会」が、デザイン研究者 三好賢聖さん・株式会社インフォバーン 辻村和正の共催で開催されました。
2024年11月12日に行われた第一回では、フードデザインリサーチャー/3Dフードデザイナーの緒方胤浩さんをゲストとしてお招きし、RtDの実践事例として博士課程の研究で行った2ヶ月間の3Dプリントフード生活についてお話しいただきました。
リサーチ・スルー・デザインについて情報を共有し、共に考えていく場として、デザイン研究者 三好賢聖さんと株式会社インフォバーン 辻村和正が企画。三好さんが2024年7月に実験的に開催した第0回研究会では、既に50名を超える方がオンラインで参加しました。
そこに、三好さんも登壇者のひとりとして参加したRtDをテーマとするトークイベント(株式会社インフォバーン共催、イベントレポートはこちら)でのつながりから、辻村が共催として加わり、数ヶ月に一回のペースで継続的に開催していく運びとなりました。
デザインに関する研究は、美学や歴史等の研究者によって、必ずしもデザイナー自身の視点とは異なる、外側の観点から行われることが一般的でした。しかし、1960年〜1990年代ごろにデザイン活動の中でデザイナー自身が蓄積する知識が研究対象になりうるという考え方が生まれます。こうして編み出されたアプローチがリサーチ・スルー・デザインです。
UXリサーチなど他のデザインリサーチとの最大の違いは、デザイナー自身が被験者と研究者を兼ね、一人称的な研究を行うこと。Royal College of ArtでRtDを研究されていた三好さんは、RtDの概要を説明したのち、本研究会を企画した意図を語りました。
三好「この新しいアプローチに可能性を感じると同時に、RtDの実践や苦労話をシェアしたり、これからのRtDについて話したりできるコミュニティがまだまだ小さいので、自分の周りから作っていきたいと思いました」
今回のゲストとしてお呼びした緒方胤浩さんは、京都工芸繊維大学大学院でフードデザイン/サービスデザインを研究し、博士号を取得。指導教員である水野大二郎教授と共著で『フードデザイン 未来の食を探るデザインリサーチ』を出版されているほか、ご自身のnoteではデザイン全般に関する気づきを記録されています。
お話の前半では、博士課程の研究として行った3Dプリントフード生活へとつながる、これまでのプロジェクトを紹介いただきました。
京都工芸繊維大学 KYOTO Design Labで社会人と学生のメンバーを集めて行った、5日間のワークショップです。未来の食のシナリオを考え、シナリオに登場した食べ物をフード3Dプリンタで出力する実験的な活動を行いました。
また、このワークショップに連なるプロジェクトとして、出力の様子を見たり、出力された食べ物を食べたりする展示会を開き、生活者の意見や感想を募りました。
緒方「キャッチーな名前をつけつつ、フード3Dプリンタによって可能になる食の形をどうアウトプットするか、それをどのように伝えられるかということを模索しながら、いろんな形で出力してみました」
ジャンキーなポテトチップスをエレガントな形にしたり、チョコレートの内部を満足感の変わらない限度まで削減したりするなど、食の当たり前や原料の枯渇問題に挑戦するような食べ物の形を実験したといいます。
大阪ガスエネルギー技術研究所との共同研究で行った、ありうる未来の食体験をリサーチし、考案した未来シナリオを映像としてアウトプットしたプロジェクト。
まず行ったことは、未来洞察とユーザー調査です。学生食堂のスタッフや近所の定食屋オーナーなど食に携わる人々と、筋トレを毎日している人のような食に対してある種極端なニーズを持つ人々を集め、カードゲームを使いながら未来の食について考える活動を行いました。
また、サービス検証としてオンラインでのデスクトップウォークスルーを実施。キャラクターを操作することによって、一連の体験を検証しました。
未来の食体験を深掘りしていくために、さまざまなリサーチ手法を使ったという緒方さん。その一連の手法とプロセスは、『フードデザイン 未来の食を探るデザインリサーチ』で可視化されています。
緒方「リサーチが一直線ではなかなか進まないということを可視化できて、かなり意味があることをしたと思っています。デザインリサーチという観点では、ある程度道筋は立てながらも反復的に調査を繰り返したことに、このプロジェクトの特徴があります」
お話の後半では、博士課程の研究で行った、2ヶ月間にわたる3Dプリントフード生活の内容をRtDの実践例として語っていただきました。
研究の内容は、2ヶ月間、自身が食べる食事をフード3Dプリンタで作成し、その生活の記録と分析をしていくというもの。朝食・昼食・夕食それぞれに必ず1品プリントフードを取り入れ、出力したプリントフードの数は183品にのぼります。
食の未来シナリオと具体的なビジネスモデルの間をつなげるためには、ユーザーのニーズやインサイトを知る必要があります。そこで緒方さんは自分自身が被験者となり、シナリオに登場するフード3Dプリンタを使った生活のプロトタイピングを行うことにしたそうです。
調査者自らがユーザーとなって生活を記録する「オートエスノグラフィ」を手法に選んだ理由として、緒方さんは次のように述べます。
緒方「フード3Dプリンタを使った実験というのは、なかなかラボを飛び越えて出ていかない。実生活に根ざした研究が少なかったのと、毎日の食事で感じる小さな気づきから具体的な生活支援が見えてくることに価値があると考え、中長期間続けて実験を行うことを選択しました」
こちらに、具体的な調査プロセスが可視化されています。朝のバイタル計測で1日が始まり、3食プリントフードを食べ、1日の最後にはその日の行動を記録します。
記録が1週間分貯まると、緒方さん自身に加えて調査協力者が振り返りを行い、インタビューをしながらニーズやインサイトを探索します。分析が主観に偏りすぎないよう、複数人の調査協力者を立てて分析を実施しました。
調理時間、レシピといった食事自体の記録、毎日の日記、食事風景の動画、それぞれの栄養量など、事細かに記録を取り続けた緒方さん。都度思い立ったときに記録できるよう、スマホによる録音も行っていたそうです。
最終的には、探索したニーズやインサイトを大項目に整理し、それを実現するための新しいサービスについて、プロジェクトチームでアイディエーションを行いました。
「レシピを考えるのが悩みで毎朝辛かった」と2ヶ月の生活を振り返る緒方さんですが、研究によって多くの発見を得られたといいます。
緒方「フードデザイン界隈で有名な話として、白身魚のフライの冷凍食品が製造プロセスや輸送の関係で長方形になっているというものがあるのですが、『その枠にとらわれない形ができるな』と思いつき、焼鮭を平行四辺形で出力してみたことがありました。
あとはレシピが思いつかなくなって『今夜のレシピ』で検索することも多くて。そういった日常の食体験全般を見て、レシピサイトが大きな役割を占めているという考察をすることにつながったりしています。
こうしたフード3Dプリンタを介した食のあり方や作り方を、あの手この手で模索する日々を過ごしていました」
さらに、緒方さんはもう一つのアウトプットとして、一連のプロセスをもとにフード3Dプリンタサービスのデザインに関する三つの要件をまとめ、論文として発表されています。
緒方さんの研究に対して、三好さんは「RtDは何ができるのかという説明を助けてくれる、すごく強力な事例の一つ」と称賛しました。技術開発に焦点が当てられることが多いフードテック領域で、人のリアルな生活に根ざした調査を行ったという独自性を取り上げます。
また、三好さんは研究のデザイン自体の精緻さにも注目。調査協力者を立てて分析の客観性を担保したことや、定性的な記録に加えてバイタルデータなどの定量データも記録し、アプローチや取得したデータの種類が充実している点を指摘します。
この点に対して緒方さんは、リサーチのデザインにおいて指導教員である水野教授のアドバイスや、水野研究室の過去事例からも学べることが多く、自分自身を研究する手法が選びやすい環境であったと回答。この「自身を実験の俎上に載せる」という点は、RtDの最大の特徴です。
三好「『フードデザイン 未来の食を探るデザインリサーチ』に載っている日記を読んでいると、自分の研究時代も思い出して泣けてきますね。特に、『人体実験のよう、と評価されたことにショックを覚えた』みたいなことが書いてあるWeek1の記録が好きです。
自分を使って実験するのは本当に覚悟が必要で、生半可な気持ちじゃできない。でもやらなきゃいけないっていうサバイバル意識もあるんですよね。研究は単なる作業じゃなくて、その期間はその研究を生きるくらいの気持ちを持ってやらなければならない。
『フードデザイン』はどう研究者として生きているのか、というなかなか人に教えづらいこともすごく熱く伝わる本で、本当に素晴らしいなと思っています」
自身の研究を振り返り、緒方さんはあらためてRtDに対するご自身の考えをまとめました。
フード3Dプリンタ生活と、その前段である食の未来シナリオづくりの起点となったのは未来洞察。議論の中心にあったのは、「知らないことすら知らない情報」にいかにリーチし、それと事実とを組み合わせて新たなシナリオやサービスをデザインしていけるかということです。
緒方「スタンフォード大学のd.schoolでも『Navigating Ambiguity(曖昧さを乗り越える)』という授業が行われたりしていて、こういった“何か”を模索していくようなことが求められている状況に対して、RtDは非常にマッチする方法だと思っています」
また、世代を「縄」として捉え、積み上がっていく「知識」に対して縄状の「知恵」を人類学における鍵とするティム・インゴルドの考えを参考にした考察も共有されました。
ダブルダイヤモンドにおける収束と発散の結節点を「縄」とすると、その周辺の活動によって結び目が解きほぐされ、自分の考えが広がっていく快感がある。ここにRtDの特徴が現れているのではないかと緒方さんは考えます。
RtDの方法論的な特徴としては、所与の問題の定義から始める通常のデザインプロセスに比べ、RtDはその一歩手前の問題を探すところから始まるという違いが提示されました。
さらに、緒方さんはRtDにおけるアジャイルなプロトタイピングが、スタートアップのフィット・ジャーニーと類似していることも指摘。ただし、フィット・ジャーニーはカスタマーが主軸であるのに対し、RtDはあくまで自分自身が主軸となる点が異なるとしています。
これまで、デザイン系の学会に自身の研究に関する論文をいくつか投稿してきたものの、通らなかった論文もあるという緒方さん。RtDの性質上、定量的な結果や再現性が求められる学術界とは相性が合わないこともあるといいます。
一方、2025年から新渡戸文化短期大学フードデザイン学科で自身の研究に基づく内容について授業を行う予定であり、食の領域では面白い試みとして受け入れられている印象があると話しました。
参加者のみなさんと行われた質疑応答の内容を抜粋してご紹介します。
――デザイン学会に通らなかった論文に対して、査読者からどういうコメントがあったのか。評価を受ける側として、どのような評価軸があると良いか?
緒方「School of Food Futuresプロジェクトの内容をまとめた、デジタルフードデザインのワークショップの方法に関する論文は、実験の回数や参加者数といったサンプル数の少なさが一番の指摘箇所でした。これまでになかった新しい方法の価値や有効性の説明については投稿側の手腕が試されるとわかりつつ、新規性の評価軸を、拡張性や展開可能性を鑑みて重視するような捉え方をしてもらえたらなと思います」
三好「1950〜60年代ぐらいに流行っていたデザインサイエンスのように、いわゆる自然科学的な研究のような再現性のある研究でないと研究と呼ばないという意識が、もしかするとデザインの領域にもまだ根強く残っているのかもしれません。そうした問題意識もあって、こういった研究会の活動ができたらと思っていたところでした」
参加者からも、「論文がリジェクトされた理由や大幅な書き直しを要求されたことは、研究者が少ない領域ではなかなか共有されにくい情報なので、共有していけると良いのでは」という、RtD研究会での情報共有を期待するコメントが寄せられました。
会の最後に、三好さんから以下のような質問が行われました。
三好「RtDは具体的な現象や問題にすごく依存する研究で、個別具体のことを見るからこそ見えてくることがあると思います。その一方で、緒方さんの研究は3Dフードプリンティング領域に貢献するだけでなく、一つの抽象化された方法論を作れるのではないかとも思っています。
私が『動きそのもののデザイン リサーチ・スルー・デザインによる運動共感の探究』で書いたケースだと、動きを観察するという研究自体が観察者の知覚をどんどん鍛えていくことにつながる。これは『動き』という現象に関わらず、実践的なデザインリサーチには多かれ少なかれそういうパワーがあるという仮説を持っています。緒方さんの研究にも、『食』や『3Dプリンタ』以外のケースにも転用できそうな知見やアプローチはありそうでしょうか?」
緒方「一つは『フード3Dプリンタ使い』になることですね。プリンタに限らず、特定のツールについて専門性を身につけたり、食材の材料特性とも改めて対峙することでより詳しくなり、扱いを考えるようになりました。その意味で、ツールや素材との関わりは深くなっていると思います。
あとは食の研究なので、常に参考になるシーンがありますね。例えば外食をしたときに『テリーヌってすごくプリントフードとマッチしそうだな』と思いつくような、絶えずアンテナを張っている状況になると思います」
三好「フード3Dプリンタ、食事といったツールや材料から考えていくことで、活動を通じてだんだんマシンと仲良くなっていくだとか、どこにヒントやキラーコンテンツがあるかを探していくような、その領域の勘所を見つける力は確かに他の分野にも応用できそうですね」
緒方胤浩さんの3Dプリントフード生活の研究からは、問いがわからない問題に立ち向かう、研究者自身の知覚の成長を促すといったリサーチ・スルー・デザインの特徴が大いに実感でき、自分自身を研究対象にするという覚悟も伝わってきました。また、研究の価値をいかに伝えるか、既存の領域とどのように折り合わせていくかということについて新たな議論も生まれました。
執筆・編集:Design Researcher 伊原 萌櫻
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