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遊びを通した研究の可能性について考える|第二回リサーチ・スルー・デザイン研究会レポート

作成者: IDL|Aug 6, 2025 1:00:00 AM

デザインリサーチの一種として近年注目されているリサーチ・スルー・デザイン(Research through Design、略してRtD)。RtDについて情報を共有し、共に考えていく「リサーチ・スルー・デザイン研究会」が、デザイン研究者 三好賢聖さん・株式会社インフォバーン 辻村和正の共催で開催されました。

2025年3月27日に行われた第二回では、メディアアーティスト/ゲーム開発者の木原共さんをゲストとしてお招きし、RtDの考え方に影響を受けたご自身の活動についてお話しいただきました。

 

第二回RtD研究会に登壇したメンバー。左から木原共さん、三好賢聖さん、辻村和正

 

RtD研究会とは?
リサーチ・スルー・デザインについて情報を共有し、共に考えていく場として、デザイン研究者 三好賢聖さんと株式会社インフォバーン 辻村和正が企画。三好さんが2024年7月に実験的に開催した第0回研究会では、既に50名を超える方がオンラインで参加しました。

そこに、三好さんも登壇者のひとりとして参加したRtDをテーマとするトークイベント(株式会社インフォバーン共催、イベントレポートはこちら)でのつながりから、辻村が共催として加わり、数ヶ月に一回のペースで継続的に開催していく運びとなりました。

 

リサーチ・スルー・デザインとは?

デザインに関する研究は、美学や歴史等の研究者によって、必ずしもデザイナー自身の視点ではない、外側の観点から行われることが一般的でした。しかし、1960年〜1990年代ごろにデザイン活動の中でデザイナー自身が蓄積する知識が研究対象になりうるという考え方が生まれます。こうして編み出されたアプローチがリサーチ・スルー・デザインです。

UXリサーチなど他のデザインリサーチとの最大の違いは、デザイナー自身が被験者と研究者を兼ね、一人称的な研究を行うこと。Royal College of ArtでRtDを研究されていた三好さんは、RtDに関する実践や苦労を共有するコミュニティを作るべく、本研究会を企画しました。

 

ゲームを媒介とする実践と研究

今回ゲストとしてお招きした木原共さんは、AIなどの新しいテクノロジーを遊びに転用した実験的なゲームの制作を行われています(ウェブサイト:https://www.tomokihara.com/)。

木原さんについて、三好さんは「木原さんはデザインとアート双方の領域で活動し、かつ多くのプロジェクトを実施している非常に実践力の高い方です」と紹介。「RtDはデザイン領域にとどまらない、やわらかな概念だと思っているので、木原さんのお話を伺うことで個別具体のケースを知ると同時に、RtDに対する考えをより深められればと思っています」と、今回の目的を語りました。

 

「遊べる思考実験」を作ること

会の前半では、木原さんからこれまでに手がけたプロジェクトとともに、自身の最近の研究テーマについてお話しいただきました。木原さんは、今の制作のテーマを一言で言うなら「遊べる思考実験」であると説明。世界に対する仮説を遊べる形で具現化し、それを誰かが遊ぶことを通して新たな知見が生まれたり、さらに新たな仮説が発生したりすることを大事にされているとのことです。

最近は特にAIが社会に及ぼす影響を探求するプロジェクトを作られているとのことで、実際に過去に関わったプロジェクトを紹介していただきました。

How (not) to get hit by a self-driving car

まず紹介されたのは、自動運転車に搭載されているようなAIに人と検知されないように横断歩道を渡り切ることを目的とする、路上を舞台にしたゲームです(ダニエル・コッペンとの共作)。このゲームのクリアを目指すプレイヤーは、AIが持つ「人」の学習データにあてはまらない動きを模索します。つまり、ゲームをプレイすることが、AIの認識の穴を発見することにつながります。

このゲームは台湾や東京、オーストラリアで展示が行われました。そのなかで見えてきたことの一つとして、冬の東京などで多くの方が着るロングコートに関するAIの認識率が特に低いということがありました。AI研究が一番進んでいる温暖なカリフォルニアから学習データの多くが取得されている関係で、そうなっている可能性があるということがゲームを通してわかってきたとのことです。

How (not) to get hit by a self driving car (ダニエル・コッペンとの共作)

Future Collider

近い将来にありえるかもしれない看板や標識をAR技術によって今の街の景色に設置し、ありえる未来について考えるプロジェクトの紹介もありました。2024年に開催されたアーツ前橋の開館10周年記念展では、実験的に顔認識カメラの導入が進む前橋の商店街を舞台に、「顔認識中」の標識を街のどこに設置するのが適切かを考えるワークショップが行われました。


アーツ前橋の開館10周年記念展で展示されていたFuture Collider

このワークショップでは、住民がARを使って「顔認識中」などの標識を仮想的に街に配置しました。その体験を通じて、「通学路での設置は安心につながるが、ゴミ捨て場にあるのは不快感がある」といった具体的な意見が生まれたといいます。実際の風景にARで未来の兆しを重ねて見る遊びが、住民の実感に根ざした意見や、安全とプライバシーのバランスに関するより深い議論につながった、と木原さんはプロジェクトを振り返りました。

AIの登場で変わりつつある人間の行為主体性について考える

ゲームと、小説・演劇・映画など第三者視点で見る作品との違いは、その中でどのような行動をとるか、プレイヤー自身が決定する必要があることです。木原さんは、ゲーム自体の「行為主体性を媒体とする芸術である」(Nguyen, C. Thi.(2020)Games: Agency As Art)という特性を活かし、人間の「行為主体性」を探求しているといいます。

特に最近は、人間の代わりに意思決定をする存在としてのAI技術に着目し、AI技術の登場で変わりつつある人間の行為主体性について着目されているとのこと。木原さんはAIを「自動意思決定装置」と捉え、私たちがどのような意思決定や裁量権をAIに委ねているのかを明確にし、人間自体の意思決定を相対化させることで、変わりつつある人間の「行為主体性」を捉えようとしています。

 

リサーチ・スルー・プレイの可能性

木原さんは、ご自身の活動についてリサーチ・スルー・デザインの文脈であえて整理するなら「リサーチ・スルー・プレイ(Research through Play、以降RtP)」という捉え方もできるのかもしれないと考察します。RtDがデザインと研究の形態であるならば、RtPは遊びと研究の形態、リサーチクエスチョンを伴う「遊び」といえるのではないか。そう木原さんは述べます。

RtDがデザイン活動を通して得られる知見を探究するように、RtPでは遊びを制作するためのリサーチや、遊戯文化そのものの研究を目的とするのではなく、遊びを通して生成される新たな知見にフォーカスを当てた研究を行う点が特徴として挙げられるのかもしれないという議論も行われました。

RtPはあくまでRtDとの対比のなかでの仮の位置付けであり、特に明確な定義は存在しないということを木原さんは強調します。ご自身も、日々の実践や本研究会のような対話を通して言語化を試みられている段階なのだそうです。

遊びを通した研究の可能性

木原さんのお話を受けて会の後半で行われた議論では、多くの気づきが共有され、「研究の仮説検証的な側面を良い意味で逸脱できるのではないか」というRtPの新たな可能性が見えてきました。

RtDでは調査協力者などの関与はありつつも基本的にはデザイナーが被験者を兼ねる一方で、RtPではプレイヤーという他者の参加を必須とします。加えて、参加者にとってはゲームや遊びは参加が容易のため、研究への人々の関わり方も大きく変化すると考えられます。そのため、RtPだと思ってもいないところから幅広い知見を得やすいのではという発見がありました。

今回の研究会では、リサーチ・スルー・プレイという考え方を通して、AIが社会に及ぼす影響について探求する木原共さんのプロジェクトを紹介していただきました。

RtD研究会は、数ヶ月おきに継続して開催予定です。開催時はIDLや三好さんのSNSで告知を行いますので、ご興味のある方はぜひご確認ください。

IDL X:https://x.com/idlists
IDL Facebook:https://www.facebook.com/infobahndesignlab/
三好賢聖さん  Xアカウント:https://x.com/kenshomiyoshi

 

執筆・編集:Design Researcher 伊原 萌櫻

 

前回の記事:自らを研究対象とし、問いがわからない問題に立ち向かう|第一回リサーチ・スルー・デザイン研究会レポート

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