大企業のイノベーションをドライブするのは、企画書ではなくプロトタイプ。合意形成のためのモノづくり

技術領域の豊富な知識をベースに、アイデアの技術実装による新規事業開発支援を行う職能コレクティブBASSDRUM。同じく新規事業開発をサービスデザインアプローチから支援するIDLは、2022年にBASSDRUMとパートナーシップを締結し、双方のアセットを融合させた新規事業開発プログラム「Agile PoB」をリリースしました。今回はBASSDRUMのYouTubeチャンネルにて、某大企業の新規事業部門マネージャーを務める金川 暢宏さんをお招きし、異なる立場から新たな価値創出に取り組む中で、共通する課題とソリューションについて深掘りしていきました。

今回対話したメンバー(トップ画像左から)

清水 幹太(BASSDRUM)金川 暢宏(某大手通信会社)辻村 和正(IDL)

スムーズなモノづくりを阻むのは何なのか

清水:みなさんこんにちは。技術に関する様々な情報をお届けするBASSDRUM LIVEです。司会を務めますBASSDRUMの清水 幹太と申します。今日は記念すべき100回目の放送ということで、IDL部門長の辻村さんと、大手通信会社で新規事業部門のマネージャーを務める金川さんにお越しいただきました。

何故この3人で話すことになっかと言いますと、辻村さんと私は今、パートナーとして「Agile PoB」という新規事業パッケージを一緒に仕込んでるんですが、実は前職では同僚でした。そして金川さんは、辻村さんにとってはいつも一緒にお仕事をされているクライアントさんという間柄なんですけども、実は僕にとっては中学高校の同級生なんですね。しかも何回か同じクラスにもなっていて。ただ、高校卒業してから20数年お会いしてなかったので、今回辻村さんを通して再会するという、なんとも不思議なご縁になっています。

というわけで、約30年分の空白を埋めながら、金川さんの取り組みについてお聞きしていければと思います。某大手通信会社で新規事業立ち上げを担う中で、大手だからこそのアドバンテージややりがいがある一方、プロジェクトを前に進める難しさというのは、大企業ゆえの壁だと思っています。

そのあたりをお話いたただきたい理由として、我々BASSDRUMの強みとして、実際に技術実装をして、プロトタイプをスピーディに形にすることを特技として持っているんですね。同じような目的をサービスデザインというアプローチから取り組んでいるIDLさんと組むことで、より生産的な支援ができたらと思いながら、Agile PoBを準備しているという背景があります。

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辻村:僕たちが幹太さんと新サービスのプロジェクトを進めていく中で、ちょうど金川さんともお仕事や話題共有の機会があったので、どうやら話が繋がりそうだということで、今回ご依頼させてもらいました。この20数年、金川さんの方は幹太さんの取り組みにどんなイメージをお持ちでしたか?

金川:クリエイティブの領域ですごく活躍している印象はありましたね。一度講演会にも行ったような気が。ただ、テクノロジーを活用して新規事業に繋げていくところまでは知らなかったです。

清水:私は10年前にニューヨークへ拠点を移したんですが、金川さんが来てくれた講演会はその前なんですよね。今の取り組みにピボットしたのが向こうへ行った後なので、印象も違ったのかなと。

僕の方は金川さんの活動をFacebookで時々拝見していて、大企業の中でも切り込み隊長的な立ち位置で頑張ってらっしゃるな、と認識してました。たまに弱音なんかも吐いたりされていて、大変なんだなって。

辻村:見られてますね(笑)。切り込み隊長的な気質は、どんなキャリアパスの中で育まれていったんですか?

金川:実は学生時代は建築を専攻していたので、元々はディベロッパー周りで就活をしていたんですが、そのタイミングでちょうどモバイルの大きな波が来て、個人にリーチできるメディアとしてすごく可能性を秘めていると感じたんですね。そんな想いで入社して、当初から色んなメーカーさんに対する企画を持っていったり、オーダーを受けて企画したり。その次は、建築のバックグラウンドもあったので、デザインを重視する携帯電話の商品企画を担当していました。ちょうどそのときスマホが出てきて、これまでの企画の概念が根底から大きく変わる予感がありました。自社でサービスを作るよりもオープンイノベーションが重要になっていくんじゃないかと。それが今から10年以上前ですね。

そのタイミングで、スタートアップやベンチャーとの共創を担当するような部署に異動して、そこから自社でのノウハウに落とし込んでいました。当時、ちょうどスマホシフトも来てクラウド開発が主流になる中で、今までのウォーターフォール型のモノづくりに対する違和感が膨らんでいったんですよね。がっつりコンサルを入れて、机上の空論で検討したあとにいきなりバーンと大きなアウトプットだけ出すようなカルチャーだったので、もう時代に合わないだろうなと。なのでそれからは、どんどんプロトタイプをリリースして、PDCAを回しながらプロダクトを改善してピボットできる土壌を会社の中に作るためのプログラムの設計と運用を担当しました。その流れで今は、事業を作る立場でマネージャーに至るという感じです。

清水:すごいですね、もうご入社してからずっと新規企画を担当して、オープンイノベーションで得た知見を社内に戻すという、新しい価値を提案するポジションで戦い続けてらっしゃる。さっきも言いましたけど、大きな組織の中で物事を動かすってすごくカロリーがかかりますよね。そんな中で、小さいところからスピーディーに物事を形にすることに向き合い続けてきたんですね。

金川:そうですね。スタートアップがどんどん新しいビジネスを作っていく中で、ある意味大手として同じ土俵に立つのが世界なのかというジレンマは、今も抱えています。ただやっぱり、会社全体の将来を考えたときに、モノを作るうえでのカルチャーやマインド、人材育成システムは変えていかないといけないと強く感じますね。

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とにかく一旦形にする。事業計画を書けるのはその後

清水:私も大企業のクライアントさんとお仕事をする中で、そのあたりのジレンマや苦しみはすごく感じます。おそらく辻村さんも同じようなご経験がありますよね。

辻村:僕たちは色々な業界のお客さんとお仕事させてもらっていますが、特に多いのは製造業のお客さんなので、通信会社と比較するとさらにマーケットインまで時間がかかります。ソフトウェアと違って、物理的なプロダクトを作ると簡単にアップデートできないので、余計慎重になりますよね。

外から支援する立場として、エスカレーションゲートがいくつもある中で、どう説明すればわかってくれるのか、どのタイミングでお金の話をすべきか、みたいな社内事情を乗り越えるためのテクニックをお聞きしながら、大変だろうなと思いつつ、最後まで一緒に戦いきれないケースもやっぱり多くて。僕たちはデザインリサーチをして、コンセプトを具体化するフェーズに特化しているので、その後のフェーズを見届けられない寂しさは多少ありますね。

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清水:そのあたりは事業者側として金川さんはどう感じられてますか?

金川:やっぱり大企業の中で一番重要なのは、合意形成なんですよね。KPIだったり市場規模、LTVとCPAのバランスとか、色々並べて「ゴールはなんなのか」を含めて、幹部と合意しないといけない。ただ、合意するための事業計画を作る上でも、ユーザーにプロダクトを当ててみないと、世の中にないものを作る場合はわからないんですよね。。上の人と、事業計画について話すのはその後にしないと、議論の根拠が妄想だけになってしまうし、判断材料がその人の好みになってしまう。

辻村:議論が空中戦になるんですよね。


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清水:企画書ベースでエスカレーションが進むと、例えば課長がOK、部長はNG、だけど実は社長はOK、みたいなケースはよくあるんですよね。それぞれの決裁者の価値観に振り回されるので、極端な話、その日の機嫌だったり、朝何食べたかみたいな要素にまで左右される。そういった状況では、なかなかモノづくりができないと私は思っていて。

じゃあどうするのというときに、できる方法は二つあると思っています。一つは、社長と直接話をする。ただ、これは誰にでもできることではないし、社長の時間も有限なので、決裁を社長に集中させるリスクもあり、よろしくないです。

それに対してもう一つのやりようは、企画書ではなく、実際動いているモノを見てもらうことですね。KPIやデータで説明するよりも、実際に見てもらって「もうこれ面白いじゃん!」みたいな、触ることではじめて感じられる共通認識ってあるんですよね。その方がみんなの解像度を合わせられて、合意形成がしやすい。特に我々BASSDRUMは技術屋集団で、モノづくりを生業にしているので、企画書の代わりにモノを作って合意形成するのはまさに得意分野なんですよね。

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辻村:僕もそのあたりで気になっているのは、この10年近く、デザイン思考という言葉が浸透してから、無自覚的に「とりあえずユーザーに聞いてみよう」から始めるケースが多すぎるなと。必ずしも悪いことではないんですが、思考停止的に人に聞くところから始めるのはつまらないなと。先ほど金川さんも「まずは一旦作らせてくれ」とおっしゃっていたように、モノづくりによる主観の共有みたいなアプローチは、もっと知られるべきだと思ってます。

清水:やっぱり、モノがあると盛り上がるんですよね。

辻村:それは間違いないですね。

清水:結局人間って感情の生き物なので、「これすげえじゃん」とか「面白いじゃん」みたいなものが、KPIや市場リサーチの結果を、軽々越えていくのを何回か見てしまってるんですよね。

金川:まず動くものを作るのはめちゃくちゃ大事ですよね。ユーザーではない偉い人が「俺はさ」みたいな感じで言い出すと、話が面倒になるじゃないですか。結局事業を成功させるために一番大事なのって、ユーザーにとってどんな価値があるかというファクトを見せることだと思うので。論点を決裁者の気分に左右されないためにも、モノを見せること、価値をファクトとして見せることが重要だなと。

あと、さっき清水さんが言っていた、社長と仲良くなるパターンは、新規事業入門セミナー的な場でもよく勧められるんですが、再現性が低いのと僕は思ってます。だからこそ、組織の中で一番大事なのは、仕組みづくりですね。仕組みがないと、鶴の一声で終わったり、偉い人が変わった瞬間に潰されたりしちゃうんで。

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説得力をつくる職人、外の世界への扉としてのエージェンシー

清水:おっしゃる通り、大企業が柔軟に新しいモノを生み出せる組織になると、ひいては良き社会に繋がっていく気がしますよね。そこに対して、我々のような外部の人間が協力できることってなんなんでしょうか。

金川:結局私が言えることって、自分が所属する一つの組織の事例でしかないんですよね。この領域に長年いると、やっぱり他社さんのカルチャーや組織の構造、決裁の進み方まで、全部違うってことがわかってくる。だから、問題解決もそれぞれ違うんですよね。最終的に、仕組みを作ることを見据えながら、まずはとにかくプロダクト、事業を作ることから始めるべきだとは思います。そこから経験値として、どれだけ大変か、何が難しいのかを洗い出して、それぞれの会社にあった形で、仕組み化していく。

そこに対してエージェンシーに何をお願いしたいか考えると、やっぱり合意形成の取り方に関してはプロフェッショナルだと思ってます。動くモノを作ってどんな世界観を見せるのか、どんなビジョンメイキングなら上の人が首を縦に振るのかというコミュニケーションですよね。スポットでやるよりは、一緒に作り上げるぐらいの感覚でいてもらえる方がやりやすいかなと。

辻村:長期戦ですよね。そうだろうなとは思いつつ、一方で、さっき話していた組織のデザインみたいな部分は、やっぱりコンフィデンシャルなので立ち入れなかったりします。それはそれで、インハウスデザイナー集団が担うべき価値として当然あるなと。そこと改めて比較すると、エージェンシーが提供できる価値って、外の視点を持ってきたり、自社にはない新規性を持ち込むだったりなのかなと。

金川:多分、エージェンシーへの相談って、例えば「こんなプロダクトを出したい」とか、「こんなミッションが与えられたので手伝ってください」って伝え方になると思うんですけど、依頼そのものは表層的なんですよね。裏側には色んな状況があるので、本質的に何を変えるべきなのかを粘り強く聞いてもらえる方がいい気がします。

制度の話も、中だけで考えてるとアイデアもないし、苦しいんですよね。だから例えば他社の事例を見せながら、こんな風にやったらどうですかって提案してもらえると、すごく助かります。

清水:やっぱり大企業といえど、ひとつの文化の中でやってると、外のものさしがわかんなくなってるんですよね。そこに対するドアとして我々が機能するのは、意味がありそうですね。

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金川:一時期、同じような仕事をやってる人と繋がりたいとFacebookに書いたら、周りの方がどんどん紹介してくれたことがありました。そこで色々な企業さんと繋がって「ここで悩んでます」とか「こういうことをトライしました」「うちの人事制度ではこんなことができてます」といった情報をもらって、それを自社にどう持ち帰るかを考えるってことを、ずっとやってきた気がします。結局みんな、同じようなことで悩んでいるので。

清水:横の繋がりから、お互いに視座を高めていくのは素晴らしいことだし、なんだか日本も捨てたもんじゃないなって気分ですね(笑)。金川さんと僕は同じ中学高校を出ながら、かたや大企業で20数年間戦われてこられて、かたや大学を中退しては職業を転々とし、自分はどこへ行くんだろうと思いながら戦ってきた中で、辻村さんをかすがいに20数年振りに繋がったら、ある種近しい結論というか、「とにかくモノを作って前に進める」という考え方に収斂しているというのは、物語として楽しいですよね。

今まさにBASSDRUMとIDLが共同で作っているAgile PoBはテストフライトを重ねているところなので、金川さんをはじめ、同じ問題意識を持つ企業の方々とコラボレーションしていけると、さっきも言ったような、捨てたもんじゃない未来が待ってるんじゃないかと思えました。

辻村:やっぱりお話を聞いていると、モノづくりの尊さといいますか、モノが持つ物語る力を感じましたね。Agile PoBのプロジェクトを進めるにあたって、どうしてもビジネスライクに捉えざるを得ない部分もあったんですが、今日金川さんのお話を聞いて、改めて新規事業を作る苦労を感じると、その背後にある試行錯誤や成長だったり、作る過程で交換し合う感情みたいな、人間味のあるやり取りこそが宝なんだなと思いました。Agile PoBも、そういった人間味が出るような仕掛けにしたいと思った次第です。

清水:モノを作ると盛り上がりますからね。「動いたぞ」とか「これなんなんだ」みたいな。数字やリサーチはとても大変だし大切ではあるんだけど、そこを超えていくものとして、感情や感動があるっていう、そんなウェットなことを言って締めたいと思います。Agile PoBも、関わりを広げていって、良き形のモノづくりに繋げていきましょう。

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関連サービス:Agile PoB
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