音で感じ取る、街の新しい姿。RESEARCH Conference2024 アフターイベント「Sound & Thinking 渋谷」レポート
みなさんは、こちらの音を聴いてどのようなイメージを持たれますか?
こちら、実は渋谷で録音した音を組み合わせて制作された、渋谷の「サウンドロゴ」なんです。街の光景を思い浮かべた方も、自分の持っている印象との相違を感じた方も、普段とは別の感覚から「渋谷」を想起したのではないでしょうか。
今年で3回目の開催となった「RESEARCH Conference2024」。そのアフターイベントを、昨年に引き続きRESEARCH Conference事務局・インフォバーンの共催で実施しました。
今回のイベントは題して「Sound & Thinking 渋谷」。デザインリサーチやフィールドレコーディング、音楽に関心を寄せる多様な業種の方々にご参加いただきました。“音”に着目する新たなリサーチを通して、参加者それぞれが渋谷のオルタナティブな姿を見出したワークショップの様子をレポートします。
街を構成する人間以外の存在に「気づく」ためのリサーチ
冒頭の挨拶を務めたのは、インフォバーン イノベーションデザイン事業部ゼネラルマネージャーの辻村。RESEARCH Conference2024でインフォバーンが取り上げた「ポストヒューマンデザイン」に関連して、本ワークショップはその一つのアプローチとして提案するものだと説明しました。
RESEARCH Conference2024の様子やポストヒューマンデザインについては、こちらの記事もご覧ください。
関連記事:ポストヒューマンデザインへの足掛かり。“音”に着目したリサーチの開き方
https://idl.infobahn.co.jp/mag/post_human_design
ポストヒューマンデザインとは、現在主流となっている人間中心デザインとは異なり、動植物や自然、人工物といった人間以外の存在と、人間との間にあるヒエラルキーを壊してフラットな関係の中から思考を始めるデザイン方法論です。ポストヒューマンデザインの方法を取り入れるためには、人間以外のあらゆるものの存在に「気づく術」※が必要とされます。
※アナ・チン『マツタケ - 不確定な時代を生きる術』赤嶺淳訳、みすず書房、2019年
「Sound & Thinking 渋谷」は、インフォバーン 組織文化デザイン事業部の髙塚が開発したプログラム「Sound & Thinking」をベースに企画したワークショップ。音という「目に見えないもの」に着目し、都市に存在するさまざまなものとの新たな関係性や側面に「気づく」ためのリサーチ方法を体験いただきます。音を採取するフィールドレコーディングや、音を編集してサウンドロゴを制作する過程から、参加者はどういった気づきを得ることができるのでしょうか?
Sound & Thinkingのアプローチを説明する髙塚(組織文化デザイン事業部)
都市の音にピントを合わせ、分解する
プログラムの前半では、チームごとに街を散策し、各個人が「好きな音」「自分が介在することで鳴る音」など、お題に沿った音を録音するフィールドレコーディングを行います。散策ルートを決める際は、渋谷の歴史・地形や文化的側面から普段生活する中で気になっている場所、記憶に残っている場所まで、さまざまな観点から候補が挙げられていました。
行き先が決まれば、いよいよフィールドレコーディングへ出発です。
普段とは異なり、“音”を意識しながら街を歩きます
こちらのチームは、道玄坂、スクランブル交差点、桜丘町を中心に散策して音を採取。目的地を目指す道中でふと足を止め、録音ボタンを押して気になる音を採取することもありました。
その他のチームもMIYASHITA PARK、キャットストリート、金王八幡宮や氷川神社といった渋谷の各所に赴き、思い思いに音を収集していました。店先の風鈴が揺れる音、排気口の音、高架下で車が通る音、店内アナウンス、枝葉の擦れる音や水の流れる音など、採取された音も多岐に渡ります。
フィールドレコーディング中にお話を伺ってみると、「普段は音に注目して歩かないから、今日は新鮮な感じがする」と話される方が多くいらっしゃいました。
いつもはイヤホンをつけてやり過ごすような都市の喧騒。しかし“音”にフォーカスして耳を澄ませてみると、ノイズを構成する一つ一つの音に意識が向き、それらが渾然一体となって「渋谷」という街が形成されていることに気がつきます。
6月中旬の暑い日ではありましたが、周辺の音にアンテナを張りつつ、チームメンバー同士で気づきを共有しあうなど和気藹々とした様子でフィールドレコーディングが行われていました。
主にスマートフォンで録音を行いましたが、マイクやレコーダーなど、録音用の機材を持参された参加者もいらっしゃいました
都市の音を再構成し、「渋谷」を表現する
プログラムの後半では、フィールドレコーディングで自分とチームメンバーが採取してきた音を素材にして、渋谷のサウンドロゴ/テーマソングを制作します。今回は、制作ツールとしてmacOS/iOS/iPadOSのアプリケーションである「GarageBand」を使用しました。
参加者のほとんどは音楽制作の経験がない方だったものの、基本的には採取した音の切り貼りという直感的な操作で形にすることができるため、簡単なレクチャーの後は実際にアプリを触りながら徐々に操作に慣れていき、作品制作を進められていました。
MacBookに限らず、iPhoneでも十分に制作を行うことができます
さらに、進捗共有の時間で制作途中の作品を聴き合ってからは、逆再生・リバーブ(残響音を加える効果)といった機能面のノウハウや、曲の構成など表現面でのこだわりを共有しあったり、「ここをこんな風にしたいんだけど、どうすればいいんだろう」という質問が行われたりすることもありました。
もともと持っていたイメージや、フィールドワークで感じ取った「渋谷観」を表現するべく、各々が渋谷の音へ真剣に向き合う制作時間となりました。
“音”を通して見えた、渋谷のポテンシャル
完成したサウンドロゴ/テーマソングをチーム内で発表し、以下のリサーチクエスチョンについて議論を行います。
Q1. 創作した作品を通して、渋谷にいる人間以外の存在(建築物、動植物など)について、どのような気づきが得られたか?
Q2. リサーチ前と後を比較すると、渋谷に対する印象はどう変わったか?
Q3.渋谷の課題、またはこれからの可能性とは何だろうか?
チームメンバーの作品との共通点や違いにも注目しながら、議論を深めていきます
各チームの代表作品とともに、それぞれの気づきをご紹介します。
Aチーム
こちらは冒頭でもお聴きいただいた作品。作曲者の方によると、自然の多い静かな場所から忙しないスクランブル交差点に行って、また戻ってくるという、実際のフィールドレコーディングの道のりを表現したとのこと。賑々しい場所に誘うような鐘の音が印象的です。
リサーチクエスチョンに対しては、「渋谷は若者や自由奔放な人が多い街だと思っていたが、意識してみると排気口など建築物の音や車の音といった人工的な音がよく聞こえてきて、従来のごちゃごちゃとしたイメージとは少し異なる感じがした」「立ち止まってじっくり環境を見たり聞いたりすることはなかなかないので、街を客観視できる良い機会になるのでは」といった、街の喧騒を再解釈するような気づきが発表されました。
Bチーム
こちらの作品では、ディストーション(音を歪ませる効果)やリバーブを駆使して音を多層的に重ね合わせ、渋谷の騒がしさが表現されています。「unobserved_chimes」というタイトルには、普段は聞こえない=観測されない(unobserved)音を拾い上げ、意識を向けるという意味が込められています。
リサーチクエスチョンに対しては、「渋谷は自然の音があまり聞こえない、人間中心の環境。その一方で案外静かな場所もあり、コントラストがある。音に着目することで多層的な渋谷が見えてきた」「多層的な構造においてそれぞれのコンテクストに沿ったストーリーを展開できれば、都市開発による画一的なものとはまた違った渋谷の価値を確立し、行政やマーケティングに活かしていけるのでは」といった、意識されないものの価値を見出すような気づきが発表されました。
Cチーム
こちらは神社とセンター街でフィールドレコーディングを行い、「共存」というタイトルの通り渋谷の喧騒と静寂を調和した作品となっています。さらに、「好きな音」として採取した“ハイヒールで歩く音”がフェードアウトしていく曲のラストには、「都市の喧騒が無くなったらどうなるのか?」という作曲者の方の問いかけが込められています。
リサーチクエスチョンに対しては、「渋谷には緑や歴史的なものもかなりある。意外と鳥の声が聞こえてきて、彼らは彼らで住める場所を探して生きているという発見があった」「中心部は人間中心の街だが、周辺部には共生できる場作りのための材料が揃っている。人と動植物ももちろん、過去-現在-未来という時間軸でも色々なものとの共生を考えて、それぞれの掛け算で色々なところへ発散していくオープンエンドな街づくりができると面白い街になるのでは」といった、都市のさまざまな要素が共存する可能性への気づきが発表されました。
静寂を求めて金王八幡宮を訪れるCチーム
一連の発表に対して、RESEARCH Conference事務局・アンカーデザイン株式会社 代表取締役の木浦幹雄さんは、チームごとに作品の方向性が異なっていることに着目。「渋谷という街を異なる視点から捉えることで、まちづくりや都市自体の内省へつなげられるのではないか」というコメントをいただきました。
また、「サウンドレコーダー、カメラ、ノートとペンなど、持ち物によって発見できることが変わってくる。リサーチではただ“見る”のも重要だが、ツールを工夫することで他の人が気付けないインスピレーションを得られるのでは」「神社とセンター街のように、あえて振り幅の大きいところを見に行き、共通項を発見したり何か発想したりすると面白いリサーチができそう」と、 “音”というツールをデザインリサーチの観点から捉えた気づきも共有いただきました。
新たな視点や価値創造の術を身につける「Sound & Thinking」
ポストヒューマンデザインにおける一つの試みとして実施した「Sound & Thinking 渋谷」は、参加者の方々にはもちろん、インフォバーンのデザインチームにも多くの気づきをもたらしました。
一つ目は、参加者の方々もおっしゃっていたように、“音”という観点が街の魅力や意外性を発見するきっかけになるということです。一般にはノイズとなる車の音も、渋谷のサウンドロゴに使用されることで、街の「らしさ」の一部として機能していました。またノイズと感じる音も人によってさまざまです。単に音を減らすことは、街の「らしさ」を減らすことにもなるのかもしれない。そんな気づきを得ることで、これまでと異なるアプローチを考えはじめることができます。
二つ目は、“音”というアプローチが人々の創造性を引き出す可能性です。同じ場所、同じ音の素材を使っていても、人によって切り取る位置や使う効果が違っており、結果全く色の異なる作品が生み出されていました。その違いを言語化し、比較することで都市の多面性を読み解くことも一つのアウトプットになり得ます。一方で、あえて言語化に頼らず作品を作ったり聞いたりすることで得られる感覚もまた、存在するのではないでしょうか。
さらに、ワークショップ中は多くの方がまず録音してみる、まず作ってみるということを行っていました。とりあえず手を動かしてみることで、発見が生まれたり、方向性が見えてきたりすることがあります。このマインドセットをインフォバーンではMaking & Meaning「作りながら考え、考えながら作る」と呼び、デザイン行為の価値の一つとして重視しています。本イベントを通して、Making & Meaningの実践を参加者の方々にも体験していただけたのではないかと考えています。
今回、初めて外部の参加者に「Sound & Thinking」のプログラムを提供しましたが、人工的な音や自然の音といったあらゆる“音”に耳を傾けることで、人間中心にとどまらない都市の構造、多様な要素の共存可能性など創造性の高い気づきを得られました。加えて、デザインリサーチ、地域デザイン、チームビルディングや人材開発といったワークショップの展開可能性についても発見がありました。
「Sound & Thinking」によって拓かれる個人や組織の創造性は、予測不能なこれからの世界を生き抜いていくうえで大いに役立つと考えられます。インフォバーンは、この「Sound & Thinking」も含め、これからの世界に重要となることや新しい可能性についてみなさまとともに探索し、不確実な未来への方策を提案していきたいと考えています。
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今後、Podcastにて「Sound & Thinking 渋谷」実施メンバーを中心とした振り返りラジオの収録も予定しております。ご興味のある方は、ぜひチェックしてみてください。
執筆:Design Researcher 伊原 萌櫻、編集:Design Strategist 山下 佳澄、撮影:Designer 岩﨑 祐貴