サービスデザインの国際会議“Service Design Global Conference2014”参加レポート
こんにちは、インフォバーンKYOTOの井登です。
去る10月6日(月)〜8日(水)の3日間、スウェーデンのストックホルムで開催された、サービスデザインをテーマとした国際カンファレンス“Service Design Global Conference 2014”に参加してきました。
デザインはモノ中心からサービス中心へ
少し前から日本でも耳にする機会が増えつつあるこの「サービスデザイン」という言葉をご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、HCD(人間中心設計)/UCD(ユーザー中心設計)やUXデザインに関わる人のみならず、製品開発やサービス開発に携わる人など、実に多くの領域において今後の重要性が語られはじめているデザインコンセプトです。
ギルモアとパインが提唱した経験経済で語られた「モノから経験への価値のパラダイム・シフト」をさらに進化・深化させたようなこのコンセプトは、モノ中心主義(Goods Dominant Logic=モノ自体の単体価値が支配する経済活動・価値観)から、サービス中心主義(Service Dominant Logic=サービス全体の全体価値が支配する経済活動・価値観)への転換という考え方がひとつの通奏低音になっているとぼくは理解しているのですが、本カンファレンスではまさにこの流れを強く実感できました。
サービスデザインの価値
今年の総合テーマとして掲げられた“Quality Of Life”というワードが物語るように、サービス全体を顧客をはじめとするサービスの享受者にとって最良の発想で経験デザインすることは、サービスの享受者にとって「自身の生活の質」を変えてしまうほどの提供価値を与えうるほどの重みとパワーを併せもった活動であることだと思います。
これは、サービスデザインが、短期的なマーケティング指標やROI(投資対効果)という観点よりも、もっと長期的で持続可能な観点に重きを置いた価値創出活動・考え方であり、長期的な視野で見ると結果的に大きな価値を企業にも顧客にももたらす可能性をもっていること。
その証拠に、企業よりもさらに上位の組織単位である「国家」というレベルでこの考え方に則った取り組みを長年続けてきた北欧をはじめとする高福祉国家では、近年サービスデザイン発想による国力や市民幸福度の向上という成果を具体的に創出しています。
このことは、前述の本年総合テーマである“Quality Of Life”を最も象徴するであろう初日冒頭のキーノートに、最近日本国内でもサービスが開始されたAirbnbのGlobal Head of Employee ExperienceであるMark Levyが招聘されたことがシンボリックにあらわしていると感じました。
成功を生むサイクルの回し方
皆さんはこのAirbnb(エアビーアンドビー)というサービスをご存知でしょうか?
Airbnbは、もともとは普段使っていない自宅の部屋や別宅のある個人(ホスト)と、安い宿泊先を探している旅行者(ゲスト)をWebを介してマッチングするサービスとして米国で創業された企業ですが、現在では190にもおよぶ国でサービス展開され、値段の安さだけでなく、人との出会いや関わりを楽しみたいという価値観をもった人たちもユーザーに取り込み大成功を収めています。
今回のカンファレンスのオフィシャルホテルは、Airbnbを使うことが推奨されていました。
そのAirbnbで従業員満足度を最大化するミッションを担う責任者であるMarkは、
Airbnbにとって最良の顧客は従業員であり、そうやって従業員になってくれた 彼ら・彼女らはまた新たな顧客に(自身が経験し感動したような)最良の体験を提供してくれる。
と語っていました。
つまり、ゲストとしてサービスに感動した顧客は自身でもその感動を誰かに提供すべくホストになり、ホストとして他者に与えるのと同じかそれ以上の感動を体験した顧客は、いずれ自社の社員として働きたくなり、だれよりも自社のサービスを愛する立場でサービスを提供するようになる、というサイクルが理想的であり、Airbnbではややもすると理想論だけで終わってしまいそうなそのサイクルを現実のものとするために従業員に対するあらゆる理解活動と価値提供を行っていることに正直驚きました。
何をおいても「自社の製品やサービスを愛し、選ぶ」と迷いなく断言してくれる社員を擁する企業が、果たしてどのくらい存在するでしょう? この一見夢物語とも思える偉業を、2008年の創業以来たった6年で成し遂げた企業がAirbnbなんですね。
あくまで私感ではありますが、企業の事業活動がボランティアではなくあくまでも営利活動である以上、短期的な成果追求がいけないことだとは決して思いません。企業が存続するために、会計年度などを節目として利益を生み出していくことが重要で必要なことであることは自明の理であることです。
ただ、その成果追求は長い目で見た時に、長期にわたる自社の価値創造や、自分だけが良い目を見るためでなく関わる全てのひとや組織を幸せにするための必要条件であるのか? という観点が必要なのであろう、ということを痛感したすばらしいキーノートスピーチであったと感じました。
“参加型デザイン”が成功を生む
「企業の品格はその社員の品格が形づくり、またその逆も真なり」ということは日本でもいわれることでありますが、企業のさらに上位のコミュニティは地域であったり国家であるし、個人たる社員は一市民であるともいえることを考えると、国家や企業の成熟性は、社員や市民という個人レベルの成熟性と、表裏一体の関係性をもっている、といえると思います。
つまり、国家=市民、企業=従業員、の間の強い信頼性があってこそ互いに互いを信用し合い、その強い信頼関係の上に長い目で見た価値の共創と交換が実現できるのではないでしょうか? それは北欧における国民幸福度の高さやハイレベルな公共サービスのあり方、そしてAirbnbの事例に目の当たりにするとこの上なく実感できますし、性善説と楽観主義に立った単なる理想論では決してないこともリアリティをもって納得できました。
永続性、継続性のある価値を創出しようと思うならば、誰かが勝って誰かが負けるゲーム図式ではなく、みんなが勝てる=みんなで幸福を享受する仕組み全体をデザインする必要がありますよね? そのためには、“安心してみんなで勝てる”社会構造をつくることが大前提です。そのうえで永く使えるもの、永く価値が続くものに投資をし、そのリターンをみんなが得る図式が必要で、みんなが幸福になるための仕組みは、みんなでデザインする必要があることを考えると、北欧をはじめとしたデザイン先進国で市民や個人による参加型デザインが進んでいることもなるほど理解できました。
確かに、雇用や福祉、教育などの社会の基盤経済や仕組みが安定していれば、将来の不安を解消するべく個人が財産を抱え込むのではなく、社会や他者と価値を共有し活用するSharing Economyが社会と個人の経済思想の中心となりますし、その思想はそのコミュニティのカルチャーそのものをも創ってしまうんだなぁ、とも理解しました。この考え方は、日常の未充足のみならず、社会において、個人の生活においても、諦めていたことへの解決意識を高め、結果イノベーションを生む源泉となるでしょう。
語弊を恐れずにいうと、アジアや米国ではなく欧州、とくに北欧諸国を中心に表層的な意味だけでなく前述のような視座での“参加型デザイン”や、“価値共創”の取り組みが進んでいるのは少資源国家であり、隣国との関係性に常に意識的である必要があるこれらの国々にとって、豊かさを維持、継続するために欠かせない策であり、その価値を信じて粘り強く長い年月をかけて育ててきたことの結実でしょう。
今回のService Design Global Conference 2014への参加は、UX実践家としても概念や手法・メソッドの面でたくさんの収穫がありましたし、それ以上に世の中における「価値」そのもののあり方を考えるうえでも鮮烈に視界を開いてくれたすばらしい経験となりました。興奮してすみません(笑) 個別のスピーチ内容のご紹介や、縁あってすばらしい機会に恵まれ、カンファレンス後にコペンハーゲンで先進的なデザイン企業3社に視察とディスカッションのために訪問した際の出来事など、また機会があれば追ってご紹介できる機会を作りたいと思います。
それではまた次回のコラムでお目にかかりたいと思います。
ごきげんよう。