Zaha Hadid Architects滞在レポート —ロンドンの“ダイナミズム”あふれる建築オフィスで得たことー

インフォバーンKYOTOでデザインディレクター/UXデザイナーを務める辻村です。

今回のコラムではロンドンにメインオフィスを置くZaha Hadid Architects(以下ZHA)で4月後半から2週間現地オフィスに滞在し、ある国際コンペに提出するプレゼンテーション映像のディレクション/デザインを行ってきた模様をレポートします。

そもそもインフォバーンの社員がなぜ建築事務所であるZHAとプロジェクトを協働しているのか? 私個人としては過去にZHAから同様の依頼を2度受けたことがあり、そんな経緯もあり、再度依頼を受けた次第です。しかし、過去2回と大きく異なることがありました。これまではオンラインでコミュニケーションをとりながら納品してきたのに対して、今回は初めてZHAのロンドンオフィスに滞在しメンバーと机を並べて制作を行う機会に恵まれたことです。

みなさんが認識なされているインフォバーンの主要業務とは大きく異なりますが、世界でもトップクラスにあるオフィスに滞在し、そこで感じたZHAのダイナミズムをお伝えしようと思います。

Zaha Hadidとは

 

出典:https://vimeo.com/106298230

最近では新国立競技場国際コンペの設計者として認知も拡がっているZaha Hadidですが、まだ知らない方もいらっしゃると思いますので簡単に紹介させてもらいます。

彼女が建築家としてのキャリアをスタートさせてから現在に至るまで意外にも日本との接点が幾つか存在します。彼女が建築界で世界的な名声を得たと言っても過言ではない香港「ザ・ピーク」の国際コンペで彼女を一等に選出したのは磯崎新さんでした。さらに内装デザインではありますが彼女の実質的な初案件は札幌にあるレストランモンスーンです。そして話題の新国立競技場と彼女のキャリアにおいてマイルストーンとなるプロジェクトに日本が関わっています。

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手前の黒のソファーはモンスーンで使用されていたもの。今はギャラリーに置かれています。

香港ザ・ピークのコンペ以降90年代半ばまで、彼女はアンビルドの女王という呼ばれ方をしてきました。彼女が創り出す建築形態はテクノロジーが発達し、それが実践の場へ普及するまでは未完のまま日の目を見ることはありませんでした。しかし、2000年代以降テクノロジーが追いつくと世界各地で“ZAHA建築”が竣工し、それと併せて建築界のノーベル賞とも呼ばれるピューリッツカー賞を女性として初めて受賞しました。

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Zaha Hadid Architects, The Peak Leisure Club, Hong Kong, 1983, drawing
出典:http://www.domusweb.it/en/architecture/2012/05/31/past-forward.html

ZHAのダイナミズム

■オーガナイズされないでいること

このように建築界において世界的な名声を得ているZHAということもあって本当にワクワク、ドキドキしながらオフィスに足を踏み入れました。もちろん緊張はありましたが、どこか懐かしい感じと同時に嫌な予感もしました。殺伐とした雰囲気はありませんが、何かいろいろな意味で“ダイナミック”な印象でした。

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Zaha Hadid Design Gallery。この上のフロアーにオフィススペースがあります。

ZHAには多くの若手のスタッフ、インターンが在籍しています。今回のチームだけをみてもZaha Hadid本人も卒業生でありZHAのお膝元とも言えるArchitectural Association (AAスクール)をはじめ、ETH(チューリッヒ工科大学)、 Angewandte(ウイーン応用芸術大学)、SCI_ARC(南カリフォルニア建築大学)とヨーロッパを中心とした名門スクールを卒業した強者がゴロゴロいます。そんな彼らが創り出す、どことなく大学のスタジオの延長線上にある雰囲気が懐かしくもあり、嫌な予感、つまり、どこか突発的で尖った発言と濃いパーソナリティーを持ったスタッフが多く一筋縄では行かない予感にさせていたということはすぐにわかりました。

ある中堅のスタッフは、「ここにはジーニアスなスタッフばかりいる。彼ら彼女らはテクノロジーに凄く明るく、面白いアイデアを持っている。そしてそれを発言すると共に形にしてくるから本当に凄いと思う。けれど自分が言いたいことを言っているだけでどのようにして異なる意見と共存させまとめ上げ、プレゼンテーションするかの能力は少し欠けている」と言います。若手スタッフの年齢を考えれば少し手厳しい意見ではありましたが、まさに彼の言う通りです。大学、大学院を卒業したばかり、それどころかインターンシップ中の20歳そこそこのスタッフもプロジェクトを進める大きな推進力になっていることは事実でした。大学で研究していること、つまり最新のトレンド、テクノロジーを兼ね備えたスタッフが昼夜アイデアの種まきをしている一端を垣間見ることができました。

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高層建築の形態をスタディーした3Dプリントモデル

同じロンドンにある著名な建築オフィスであるFoster + Partnerと対比して語られることの多いZHA、前者がオーガナイズされたいわゆるコーポレートとして機能している一方で後者はカオスが残っています。しかし、それはダイナミズムとも言い換えることができ、ZHAが世界中で数多くの議論を呼ぶ建築を世に出している所以だとも思いました。今では社員400人の規模となったオフィスで実際にこのようなダイナミズムが存在することが稀有な魅力であり、ZHAを独自なオフィスとして存在させている大きな一因と感じました。

■トランスナショナルであること

これもオフィスのカオス感を演出している要因のひとつかもしれませんが、メンバーの出身国はさまざまです。当然ZHAでの共通言語は英語ですが、20人ほどいたチームのメンバーにイギリス人は1人だけでした。その他のメンバーはドイツ、ポーランド、ロシア、スイス、オーストリア、イタリア、インド、中国、韓国、台湾、メキシコ、アルゼンチン、ブラジルとまさに世界中から集まっています。スタッフはそれぞれ訛りのある英語を駆使して議論し、コミュニケーションをとっています。また、映像編集に必要なCG制作を依頼しているパートーナ企業も中国、ノルウェーとタイムゾーンをまたいでのやり取りが発生しました。何よりも最終提出した映像はプレゼンテーションチームが現地に到着したタイミングでダウンロードして間に合わせたように時間と空間をいとも簡単に、難なく飛び越えていきます。イギリス国内で完結するプロジェクトが現実的に皆無に近いことが理由にはありますが、そこにはトランスナショナルに仕事を進める環境、選択肢が自然に存在していることを再確認することができました。この機動性もZHAをダイナミックな場としている大きな要因だと思います。

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インタビュー撮影の最終ミーティング

■議論しながら定義すること

建築デザインの実施となればなおさらのことですが、建築コンペにおいても決めなければならないことは膨大にあります。なおかつタイトなスケジュールのコンペ案件ですので、議論しながら意思決定を行いつつ、プロセスをデザインしていかなければなりません。当然作業量としても膨大になります。今回の提出物をみてみると200ページにわたる冊子/30分間の映像/A0サイズのプレゼンテーションボード10数枚/4畳相当の模型2台/一部の構造部分に特化したモックアップと本当に2-3週間で用意できたのかと目を疑いたくなるような熱量でした。最終的なプレゼンテーションの様子を見ると、もはや小規模な展覧会の様相を呈していました。そんな当に戦場に突っ込まれた感が否めない中、私が担当した映像編集のディレクションもやることとゴールははっきりしていましたが、そこに辿り着くまでのことを思い出すと今でもドキドキします。

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慌ただしく利用したオフィス前のパブ、THE OLD IVY HOUSE。私たち以外がゆっくり会話を楽しんでいるようでした。

仕事の進め方は私がZHAのスタッフに依頼する内容に基づいた形式で行われますが、指示内容の必然性と妥当性に関しての質問を受ける機会もありました。締め切り時間が迫った中でも「この方が良いのではないか?」というアイデアや「このやり方なら効果的だ」と後押ししてくれる意見などコミュニケーションが多く発生していたことが印象に残っています。単なる主従の関係や年齢差を超越して一人のプロフェッショナルとして意見し、議論する姿勢は正直感心しました。私自身もプロジェクトリードからは大枠の作業内容を言われましたが、それを綺麗にトレースすることが求められていないことは過去の経験から容易に推測できました。言われたことに提案要素を含ませて返すなどアイデアを入れることの方が時にはサクセスフルであり、そのようにしてコミュニケーションをとっていくことが自然な方法でした。それは直接的にさらに良いアイデアを提案するように”指示”を出されるというよりも、お互いに意見し合いながらプロジェクトを推進していくという方がイメージしやすいと思います。「僕はこう思う」という意見を聞き、それに対して「僕はこの方がいいと思う」と意見しあって着地点を探していく。すべてがそんな関係性に基づいて成り立っていました。些細な対話から自分たちが表現しようとしている小さなことを定義していき、それが結果的にはプロジェクト全体のデザインを力強く、個性のあるものにしていくことをまじまじと体感してきました。カオスな環境から次第に決定時事項が表出し、全体として体をなしていく様は創発(イマージェンス)的であり、この環境を成立するために実は目に見えないストラクチャが存在しているのではいかとさえ思えてきました。基本的には非常にタフな現場ですが何か生まれてくるポテンシャルをビシビシと感じ取ることができる羨ましい環境です。

おわりに

ZHAの建築は

  • 建築形態(Architectural Morphology)の新しさ
  • 建築構造(Architectural Tectonics)的な裏付けを持っていること
  • 竣工物やデザインプロセスが議論を呼ぶこと

といった要素を持ちながら常に斬新なプロジェクトを世に送り出しています。このようなZHAのオリジナリティは建築ギークたちの議論から生まれてくるものではないかとさえ思えます。

現在インフォバーンで本業としているUXデザイン案件のプロセスにおいてもサービスリニューアル、新サービス開発をゴールとしてプロセスを進めますが、このプロセスを成功に導く本質的な要素も“議論する文化”を礎として持つことではないかと思います。今までにもそのように感じることはありましたが、ZHAに滞在し、シリアスな実践の場で議論しながら決めていく様子を目の当たりにしてみるとその重要性を再認識することができました。多くの組織が多様な場面でイノベーティブであることを求めており、イノベーションを構成する要素、その定義は人によっても千差万別です。しかし、「議論しながら決めていくこと、そのために個人としての意見を持つこと」を実践していくことが表層的な制度を見直すだけでない本質的な解決策であり、個人レベルで意識し、実践できるシンプルな手法だと思いました。

本業と大きく異なる新奇分野での案件でしたが、成果物からだけでなく仕事、組織のスタイルから多くの気づきを得られたことは大変貴重な経験でした。肝心のコンペの結果は現在まだ発表されておらず、コンペの詳細自体もお伝えできませんが、“winning project”となれば皆さんのお目にかかるどころか利用できる機会もあるかもしれません。そうなることを心待ちにしています。 オフィスからの景色。窓際の席でしたので顔を上げるとイーストロンドンの方角を見渡すことができました。