イノベーションを生み出すための面倒だけど数少ない確実なやりかた(サービスデザインとジョブ理論との交差点)

日本ではイノベーションが生まれづらい、といわれて久しいですが、そもそもイノベーションって何なんでしょう?

イノベーティブな製品やサービスを生み出したひとや企業は、そもそも最初から「イノベーションを起こしてやる!」と思って、それらを生み出したのでしょうか?

ぼくはそういうケースばかりではないと思います。

誰かの、ひょっとしたら開発した本人自身にとっての「問題や不便を解決したい」という強い思いや、「どうしてもこういうモノが欲しい」「こんなサービスを使ってみたい」という純粋な欲求を満たすために、これまでの常識や定石すら無視するくらい必死に知恵を絞って、なんとか実現する方法を見つけて実現した製品やサービスが世の中に変化を与え、結果的に後から振り返って「あれはイノベーションだったんだなぁ」と評価されるということも少なくないのではないでしょうか?

つまり、

  1. ひょっとしたら「ニーズ」にすらまだなっていない状態の「解決したいこと」をどれだけ発見することができるか?
  2. そういった本質的に「解決したいこと」を、どのような方法、ストーリーで実現することが利用者にとっては最も良い体験になるのか?

この2つが揃った状態が、「あれはイノベーションだった」と評されるような製品やサービスが生まれるスタートラインになるのではないかと考えています。

ただ、それは決して簡単なことではありません。

従来の「製品やサービス」の延長線上にイノベーションが生まれることはありますが、従来の「価値の捉え方」の延長線上にはイノベーションは生まれません。つまり、これまでとは違った視点で「価値=(利用者が)本当に解決したいことや状態」を捉え直す必要があるということです。

成功事例で学ぶ、イノベーションが生まれたメカニズム

case:米国のアラモレンタカーが取り組んだ「Happy Drive Campaign」

そうすることで成功した事例は過去にたくさんあります。 有名な事例を紹介すると、90年代の終わりに米国のアラモレンタカーが取り組んだ「Happy Drive Campaign」という事例があります。

アラモレンタカーは自社のサービス改善を考えるうえで重要な顧客との接点について、当初は簡単に車が借りられることや、車内のクリーニングを早くするなどと考えていました。しかし、それらの多くは顧客にとっての重要な経験ではなく、企業側にとってのビジネス・プロセスに過ぎず、本来顧客が経験していることは企業が認識していることの周辺にもっとたくさん存在していることを2,000時間にも及ぶ顧客の行動観察をすることで初めて知ったのです。

たとえば、寒冷地から温暖地へのフライト後に決して快適とはいえない空港の片隅で荷物の詰め替えに苦労している姿や、レンタカーを借りる手続きの間に小さい子どもがどこかに行ってしまわないかと気が気ではない状態で手続きカウンターで書類に必要事項を記入している母親の姿、などです。

そこでアラモレンタカーは、シカゴに拠点を置くイノベーションコンサルティング企業であるDoblinグループの助けを借りて、大幅な顧客経験の革新に取り組みました。そこで彼らが実施したことは、レンタカー貸出しにまつわる従来業務の改善そのものではなく、店頭に母親が安心して手続きができるようキッズスペースを設置したり、荷物の詰め替えや着替えのためのスペースを提供したりすること。(今となってみたら、このようなユーティリティ体験がレンタカーの営業所やガソリンスタンドで提供されることは当たり前のことになりましたよね?) そして 「Happy Drive Guide」と呼ばれる旅行地周辺の地図など役に立つ情報をまとめたツールを配布することでした。

 

この事例はまさに、視座を転換することで成し得たイノベーションの最たる例といえるでしょう。レンタカー会社として「レンタカーをユーザーに貸す」という事業構造は変えないまま、自社の事業が顧客に提供する価値を「クルマを貸す」から「旅行者や出張者の旅の始まりから、少しでもストレスと不安感を取り除き快適なものにするソリューション提供者」に転換することで、多くの顧客エンゲージメントとリターンを得ることを実現できたのです

ふだん、企業が自社のビジネスにとって効率の良い視点で見ているものの周辺にこそ、本来顧客にとって望ましい経験があり、それらの顧客ニーズに応えることができる製品やサービスを発想することこそが、顧客経験に革新をもたらすチャンスとなります。

ニーズ発見の手助けをする「サービスデザイン」と「ジョブ理論」

ただアラモレンタカーのように「利用者にとっての本当に解決したいこと」を見つけることは簡単ではありません。

-サービスデザイン

それを助けるひとつの手法でありアプローチが「サービスデザイン」です。 サービスデザインのプロセスをすごく大雑把に並べると、

1.関与者を俯瞰的に捉える

製品やサービスを取り巻く関与者を直接的なユーザー”以外”も含めて俯瞰的に洗い出す

2.価値の探索と具象化を行う

エスノグラフィに代表される定性的で探索型の調査手法を活用することで『本質的な価値』を見出し、言語化・可視化する

3.ストーリーを描く

本質的な価値をどのようなストーリーで製品やサービスとして提供すべきか?の『文脈』を描き出す

4.サービスブループリント

直接的なユーザー以外の関与者にとっても価値の共有とサステナビリティが成立している状態をシステム的に考え、青写真として可視化する

5.要求仕様に落とし込む

製品やサービスとして実現するための要求仕様として落とし込む

という手順になります。

上記の2の部分で、事例として紹介したアラモレンタカーは約2,000時間にも及ぶ「行動観察」を調査手法として用いました。

詳細な調査手法や、顧客像や文脈、サービス全体の青写真を描き出すための具体的なツールについては今後より詳細な手法論についても書いていきたいと思いますし、過去に書いたこれらのコラムなどをぜひ参照いただきたいと思いますが、大まかなプロセスは上記のように非常にシンプルです。

複雑化する社会において、短期的・表層的な価値提供ではなく、より多くのひとの問題を解決し、提供価値を長く継続・発展できるような製品やサービスを考えるうえで、このサービスデザインの考え方は今後ますます重要性を増していくことでしょう。

–ジョブ理論

他方、イノベーション研究の世界的権威であり名著『イノベーションのジレンマ』の筆者でもあるクレイトン・クリステンセン教授は、近著『ジョブ理論』 の中で、イノベーションの源泉になるのは、人々にとって「片付けるべき仕事(Jobs to be done)が何であるか?」を知り、それを解決するために雇用(Hire)されるべき製品やサービスをつくることだといっています。

クリステンセン教授がいう、この「片付けるべき仕事」こそが、前述したサービスデザインにおいての「ニーズにすらまだなっていない状態の“本当に解決したいこと”」と同じことを指しているのではないしょうか。

「誰が、何を、解決したいのか?」ではなく、「なぜ、解決したいのか?」こそが重要なことである、ともいっています。

ジョブ理論では、

1.ジョブを見つけ出す

2.ストーリーを組み立てる

3.レジュメ(ジョブスペック)を書き出す

4.ジョブ中心に組織をつくる

というプロセスを提唱していますが、上述したサービスデザインのデザインプロセスと似ていると思いませんか? ぼくは、製品やサービスの利用者にとっての欲求の本質にフォーカスし、制約条件も前提においた状態で俯瞰的に本質的解決手段を俯瞰的に考えていく、という点で、ビジネス発祥の思考理論であるジョブ理論と、デザイン発祥のサービスデザインアプローチが、ともに「イノベーション」を媒介としてつながったといえるのではないかと考えています。

“ニーズ”を満たすだけでなく、価値”提案”しなければイノベーションは生まれない

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では、単にニーズを発見してジョブ(課題)を解決することが企業のイノベーションと呼べるのでしょうか。市場やユーザーのニーズ“だけ”を聞いて、それを満たす製品・サービスを考えるだけであれば、それらのニーズを満たした製品やサービスは、どの企業がつくっても同じになるのではないか、ともいえます。

そこで、サービスデザインにおいても、ジョブ理論においても、ともにイノベーションを生み出す過程において重要視しているのは、製品やサービスを生み出し、提供する企業の「ビジョン」です。

ニーズは満たした上で、さらに顧客や市場自身がまだニーズであるといえないレベルの欲求に目を向け、それを「自社が製品・サービスとして提供する意味と意義は何か?」まで明確に提案できる製品・サービスこそが、わざわざ選んでもらえるブランドになることができるのです。

マーケティングやブランディングにおいてよく使われる「バリュー・プロポジション」という言葉は、単に“提供価値”を指すのではなく、文字通り「価値“提案”」です。 良い価値=片付けるべき仕事、を掴んだだけでは不十分で、それを新しい価値として“提案”できないと、イノベーションにはつながらず、ただ“便利なもの”で終わってしまうのです。

だからこそジョブ理論では、単に条件をクリアすることが重要である「ニーズ」ではなく、今はまだニーズとして顕在化すらしていないけれど、今後それを体験できることが新しい経験価値になるような「片付けるべき仕事」を見つけていくことを起点とすることに重点が置かれているのです。

ニーズドリブンであると同時に、ビジョンドリブンでもあることが、これからの製品やサービスにはますます求められるといえるでしょう。

イノベーションを生み出すことは簡単なことではありませんし、大変な苦労をした結果、イノベーションが起きないことのほうが多いかも知れません。ただ、上述のようなプロセスを経てなるべく早い段階でプロトタイプ(試作)をつくり、実際に試してみてユーザーからの評価を得たうえで繰り返し改良を重ねていくという、一見面倒に見える手順を踏んでいくことで、成功の確率と精度を高めていくことは確実にできます。

愚直なプロセスを丁寧に行うことと同時に、これまでの常識にとらわれない柔軟な視点で技術的・構造的な解決アイデアを発想することを、ぜひ始めてみませんか?

インフォバーンのデザインコンサルティングチーム「INFOBAHN DESIGN LAB.(IDL)」では、このようなサービスデザインの支援を企業に対して行っています。ご興味ある方はぜひお気軽にご相談ください。