「厄介な問題」に対してサービスデザインはどのように向き合うか? ーService Design Global Conference 2019レポートー
Service Design Network (SDN)が主催する年次カンファレンス「Service Design Global Conference2019」がカナダ最大の都市トロントで開催されました。
今年で5回目の参加となるとなるService Design Global Conference、日本からの参加者のなかでも古参になりつつありますが、続けて参加しているからこそ感じられる変化もありました。そこで、本レポートでは、本カンファレンスを通じて得た気づきについて、自身が拝聴したセッションを中心にお伝えしたいと思います。
毎年、世の中のトレンドを反映した内容のスピーチが多くなる傾向にあります。昨年は人間と機械の関係性を起点としたHumanity Centered Designに関するトピックが特徴的でした(前回レポート)。続く今年は、「厄介な問題(Wicked Problem)」と呼ばれる複雑な社会課題に対して、これまで企業に対して培ってきたサービスデザインの方法論とは異なる、代替策を模索するオルタナティブな思考と実践に関する内容のスピーチが多かったように感じました。今年のテーマとして掲げられている「Building Bridges」も複数形(Bridge“s”)となっていることからも推察できるように、サービスデザイン自体が接続できる対象を、複数の可能性のなかから模索している——そんな様子が伺えました。過去から現在にかけてサービスデザインが行なってきた営為を棚卸ししながら、今とるべき代替策を模索している、私から見てある種“トランジッション感”のあるカンファレンスでした。
従来のサービスデザインは、デザインが広義に解釈された結果立ち現れた各種デザイン領域のなかでも、比較的ビジネスに接続しやすい領域と考えられていました。世の中が、消費を前提とした社会に閉塞感を感じ、サスティナビリティを希求している状況下において、ビジネスもその在り方が変化していると考えられます。その意味では、サービスデザイン自体に“トランジッション感”を感じた一因は、サービスデザインが対峙するビジネスそのものから受ける影響に加えて、その背景にある社会性、生活者の価値観の変化故のことであると考えられます。
デザイン思考の代替策としてのクリティカルデザイン
今年感じた具体的変化として挙げられるのが、スペキュラティブ・デザインの方法論を取り入れたアプローチが用いられはじめていたことです。従来、課題解決型のデザイン思考を下敷きにサービスデザインのプロセスが構築されていたことを考えると、アカデミアにおいてある種その対抗ともいえる、「問い」を提起するデザイン手法であるスヘキュラティブ・デザインが実践的に援用されていることは皮肉的な状況でありました。その点に対する賛否は、これだけで十分拡がりをみせるトピックということもあり詳述は控えますが、ビジネスの世界でデザイン思考への閉塞感が漂っている今日にあって、ユーザー文脈に依拠した漸進的なイノベーションではなく、文脈を意図して逸脱する原理的イノベーションに必要な、新たな「問い」をデザインすることが要請される傾向にあることが伺えます。
Lasse Underbjerg, Designit Global Future Lab Director “Trusting Invisibility: Designing Futures We Can’t See or Even Understand” 目に見えない不確かな社会の中で”Possible Futures(起こりうる未来)”を投機したうえでありうる現在に引き戻していく。つまりこの具体化の過程で、目に見えないモノ、それにより生じる問題に対する信頼を築いてく行為をSpeculative Prototypingという言葉を使い説明していた
また、クリティカルメイキングの提唱者Matt Rattoのスピーチ、“Critical Making as an Antidote to Design Thinking”では、コンテクストとマテリアルとの対話を通した従来のデザイナーの姿を想起しました。デザイン思考によりデザインの可能性が拡散されたことの代償として、従来型のデザイナーのディスキルが起こっていることへの警鐘とも捉えることができ、デザイン思考を批評的に捉えたクリティカルメイキングによりその再考の意味を感じ取ることができました。
Matt Ratto, “Critical Making as an Antidote to Design Thinking”
ローカルへの視線
いくつかのスピーチやアワード受賞プロジェクトのなかには、特定の地域に根差した取り組みが紹介されていました。デザイン領域に限らずローカル(地域)が注目されているのは、複雑化する社会、都市に生じる「厄介な問題」への対処策としてのスケール感がほど良いことが挙げられるように思います。
ネットワークが発達し、グローバル規模の移動前提社会が成立しつつある現在では、人、モノ、情報いずれの移動性も高まっています。しかし、世界との距離が縮まる一方で、この背後にある利便性、経済合理性の向上を是とする価値観では立ち行かなくなった問題が、社会問題として顕在化していることは周知の通りです。こうしたコントロールの効きづらい大きなシステムによって生じている「厄介な問題」から、自らの生活や自らの地域をプロテクトするためにアクションを起こす時にローカルという単位がほど良い効力を発揮すると考えれれます。さらに、こうしたローカルではじまった市民による特殊解生成を目指した臨床的なアクションが、結果的にネットワークに乗り、他のローカルでも応用可能な普遍的な解となることさえあります。ローカルへの注目は、このようなコスモポリタンローカリズムの両極の一端となって現れていると解釈できるのではないでしょうか。
また、ローカルという単位は、構成員同士が互いの存在を認識し易い心理的距離感を作り出します。ローカルコミュニティへの参画を前提として、ローカルに根付く共通の価値観や文化を共有し、自律的にコミュニティに介入する個人が醸成されることもローカルの魅力となっているのでしょう。こうした心理的距離感の近い者同士が参加したコレクティブな状況をデザインする意義と、その術が問われていることを感じました。
Zita Cobb, “Design in Service of Place: Community Business on Fogo Island” フォゴ島(Fogo Island)の歴史を踏まえて、過去の流れの上に未来をつくっていく鋭意のなかで地域の遺産を語り継ぐアクターとしてローカル住民が主体的に未来をつくっていく様子がFogo Island Innの実践を通して語られた
「集まって『問いを立てる』」という仕組み
このカンファレンスで感じたことをつなぎ合わせていくと「コレクティブにスペキュレイトすること」「集団的思索(?)」——良い言葉が浮かびませんが、「集まって『問いを立てる』」とでもいう仕組みをデザインすることが「厄介な問題」への対処法の一つになり得る兆しを感じました。Human Centered Designの提唱者として知られるドナルド・ノーマンはDesignXという言葉を使い「厄介な問題」に対処する術を述べていますが、そのなかで語られていることはモジュールという発想です。コントロール可能なスケールで完結していることと、他の環境に接続しやすくデザインされていることが、複雑な状況に対処する一助となると述べています。
従来サービスデザインで語られているユーザー中心、コ・デザイン、ホリスティックな視点は、ノーマンの述べているモジュール発想とも非常に親和性の高い発想であると感じています。今、世の中で大きなシステム、サービスプラットフォームが権威的につくられることの在り方が問われるなか、ローカルといった小さな単位の集団がシステムに対して批評的に臨むことは、「今、ここ」で生じている問題に対して、「今、どこにも無い」新たな問いを提起する、有益な手段ではないでしょうか。その一助として、先に示したサービスデザインならではの視点を駆使することが、サービスデザイナーが社会への貢献として寄与できることの一つとして浮かび上がってくるように思えてきます。
今回まとめた内容はカンファレンス全体の総括というよりは、自分が聞いたセッションを中心にまとめた個人的な解釈を含む内容になっています。カンファレンスでの各セッションの様子はビデオやスライドとしてアーカイブされはじめています。関心のある方はぜひご覧になっていただき、サービスデザインの現在を感じてみてはいかがでしょうか。