価値提案に新たな視点をもたらす「エステティック・ストラテジー」講座レポート
こんにちは、IDLの川原です。
本記事は、2023年4月22日に京都、5月13日に東京と2箇所で実施した、「京都大学エステティック・ストラテジー『人文学的ビジネスクリエイティブ講座』」のレポートです。
「エステティック・ストラテジー」は、京都大学山内裕研究室で研究してきた、新しい価値創造の方法論です。2022年より、山内教授が代表となり、京都大学、京都市立芸術大学、京都工芸繊維大学の3大学を中心に、社会人を対象とした6ヶ月間の創造性育成プログラム「京都クリエイティブ・アッサンブラージュ」が開講されています。
このプログラムでは「新しい世界観を作る」ことを中心に据え、価値創造人材を育成することを目的に、社会を読み解き、新しい時代を表現するための考え方や方法を学びます。エステティック・ストラテジーは、この講座の中心的な考え方にもなっています。
IDLは、この講座の設計およびワークショップの実施を支援しました。私はワークショップのテーブルファシリテーターとして参加し、講座の進行を手伝いました。その中で、多くの新しい気づきがありました。この記事では、講座の様子と私が得た気づきについてレポートします。
なお、本レポートでは具体的な手法について、テクニカルタームを避けて概要を説明していますので、手法についての詳細については、ぜひ山内研究室や京都クリエイティブ・アッサンブラージュの公式の発信をご参照ください。
エステティック・ストラテジーとは
エステティック・ストラテジーは、京都大学経営管理大学院の山内裕教授、佐藤那央特定講師、大阪経済大学の教授であり京都大学経営管理大学院で研究員も務められる弦間一雄先生が中心となって提唱されているイノベーションのための方法論です。
この方法論が重視しているのは、ユーザーに新しい価値観を提案すること。世の中を席巻するような商品やサービスは、価値観を体現し、ユーザーのアイデンティティや自己提示に関わってます。だからこそ、イノベーションを起こすためには、商品を通して課題を解決するだけなく、ユーザーに対して新しい価値観を提案することが重要です。
このような提案のための具体的な方法として、社会をよく見て、現代の支配的な価値観や文化を捉え、そこから得られた発見を起点にして商品やサービスを設計する、というプロセスが提唱されています。
ファシリテーターから見たエステティック・ストラテジー
今回提供した講座は講義パートと実践パートに分かれており、前半は山内先生の講義と質疑応答を中心に、多様なイノベーションの事例を振り返りながら「新しい世界観を作る」ことの重要性と方法について学びました。
以下では後半の実践パートに絞ってご紹介します。実践パートは、以下の3ステップに分けて実施しました。
- テーマを決めて、流行している事象を集める。
- 背後にある価値観が似た事象を線で繋ぎ、「星座」の状態にする。
- 星座をもとに、これまでの価値観の潮流を分析し、新しい価値観をつくるためのヒントを見つける。
今回のワークショップでは、日本での「クラフト」をテーマに、上記プロセスを実施しました。ワークショップの最後では、発見した新しい価値観を作るためのヒントについて、各参加者から発表を行いました。
このようなプロセスで、ワークショップの全体は始終賑やかに進んでいったのですが、テーブルごとに様々なつまずきがあったようでした。
例えば自分のテーブルでは、講義で提示された新たな概念やその表現の解釈にバラつきがあり、人によっては消化不良に陥っていることが見て取れました。そこで、私は自分自身で手を動かして対処しました。具体的な作業プロセスをやって見せる・アイデアへの落とし込みを実演することで、グループ内での共通認識をつくっていくようアプローチしました。
当日だけでなく準備の段階でも、議論の内容説明に関する困難がありました。例えばフランスの哲学研究者が提唱した概念を、ニュアンスをできるだけ保ちつつ、常用される日本語に変換することが求められました。
これは自分にとっては非常に難しく、ワークショップ実施までの社内でのコミュニケーションでは、説明に何度も失敗しました。説明に失敗すると、会話が変な空気になりますし、そういう経験は辛いです。しかし、それでも諦めずに新しい説明手法を模索し、その方法を用いての他者への説明を試みる中で、伝わる言葉や説明を少しずつ発見できました。それによって、説明が成功することがだんだんと増えていったように思います。
アカデミアの発想をビジネスシーンに結びつけることの難しさと可能性
このような、新しい考えを言葉で伝えることに関する困難は、エステティック・ストラテジーにかかわらず、様々な研究の成果をビジネスに活かそうとしている方々が直面されているものかもしれません。これ以外にも、アカデミアの発想をビジネスシーンに結びつけるのは多くの困難が伴う場合があると思います。
しかしそれでも、時には頑張ってみる意義があるのだと、今回のワークショップを通して実感しました。このように感じたきっかけは、ワークショップの最後に参加者の方からいただいた言葉でした。
その方は、「新しい価値観を提案することの重要性を以前から直感的にわかっていたし、実践もしてきた。自分がこれまでやってきたことを捉え直すことができて、手応えを感じている」ということでした。クリエイティブな仕事の現場で活用いただけるような知見と経験を提供できたことを、嬉しく思いました。
事業で利益を上げるためにも、社会を良くするためにも、「今やっていること」を立ち止まって見直すことは、私たちにとって常に大事だと思います。学問的な知見は、このような見直しのための有用なツールの一つだと思います。だからこそ、学問的な知見をビジネスの実践へと結びつけることは、大変だとしても、時には頑張ってみる意義があるのだと思うのです。
今回のワークショップは、私たちが普段行っているアイデア発想などの実践を新しい視点から捉え直し、創造のための新しい効果的なプロセスを提示してくれました。この知見をもとに、新規事業開発へとより効果的に取り組めることが、とても楽しみです。
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