世界の見え方が変わる、居住滞在型インキュベーションのためのデザイン思考

イノベーションを生み出すプロセスにおいて、重要な鍵とは何なのか。インフォバーンがプログラムのサポートを行う「フェニクシー」インキュベーションプログラムでは、「社会課題を解決する事業アイデアと、それに取り組む起業人材を育てる」をミッションに、集う人々の創造性を「非日常な時間と空間の共有」によって開放しようとしています。

新規事業創出に挑む7~8名の大企業社員や研究者・学生・起業家たちが4ヶ月間、フェニクシー施設「toberu」で共同生活を行い、アイデアと知見を共有し合う。「住み込み型」という、他に類を見ないアプローチを通して得たもの、そしてその濃密なプログラムにおけるデザインシンキングセッションの価値について、参加者であるケイトリン・プーザーさん、後藤 和也さんと、運営者である飯島 由多加さんに伺いました。

 

今回対話したメンバー

ケイトリン・プーザーさん

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株式会社Guardianで児童・生徒SOSコミュニケーション支援システムの開発を行う。
フェニクシープログラムには7期(2022年11月~2023年3月)で参加。

 

 

後藤 和也さん

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京都大学で認知症に対する創薬研究を行う。

フェニクシープログラムには4期(2021年6~10月)で参加。

 

 

飯島 由多加さん

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株式会社フェニクシー取締役、最高広報国際責任者

 

 

平岡 さつき / 野坂 洋

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ファシリテーターとして参加したIDList

 

以下対談形式、敬称略

生活と起業アイデアを地続きに分け合う、濃密な4ヶ月

平岡:本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。前回プログラムの終了以来で、久しぶりにお話できる機会ができて嬉しいです。今日は、フェニクシーのプログラム全体、そして我々が提供したデザインプログラムのパートから得たものというテーマで、参加者であるケイトリンさんと後藤さんにお話を伺っていきます。まずは後藤さん、今改めてフェニクシーのプログラムを振り返ってみて、いかがでしょうか?

 

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後藤さん:正直な話、私は最初「起業をするんだ!」という強い気持ちでここに来たわけではなかったんです。知人の紹介で、事業化に向けて必要な知識を学ぼうくらいの気軽な心持ちで参加しました。

ところがいざ来てみたら、それまで自分が見ていたものとまるっきり違う世界が広がっていて。自分の世界がいかに狭かったかを痛感しました。そこから刺激を受けて、自分のモチベーションがどんどん高まっていったという意味では、参加者の中でも僕の変化が一番大きかったかもしれないですね。

平岡:起業する気もなかったところから考えると、凄まじい変化ですね。ケイトリンさんの方はいかがでしょう?

ケイトリンさん:私はプログラムが開始するタイミングで京都に引っ越してきたので、最初は不安が大きかったです。ビジネスの経験もなければ、友人も家族もいなかったので。でも、フェニクシーのプログラムでは参加者のみんなが、ビジネスに限らず生活のあらゆる部分でサポートしてくれました。家族のような存在でしたね。どんな問題でも、相談すれば誰かが助けてくれるという雰囲気が常にありました。

 

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飯島さん:確かにケイトリンは、この施設をすごく上手に活用してくれている気がしますね。お客さんが来ているからホールに居て一緒に喋ろうとか、誰々があそこで仕事してるから私もそこで作業しよう、とか。僕たちがまさに「こう使ってくれたらいいな」という形を実践してくれているので、嬉しい限りです。

 

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後藤さん:僕がプログラムに参加した2021年はコロナ禍で、ケイトリンさんみたいに自由には行き来できなかったので、羨ましいです。講義もそれぞれ自分の部屋で受けてましたし、食事でも距離を置いてました。

ケイトリンさん:それは残念ですね。私がプログラムの中で一番好きだったのは、まさにその夕食の時間での距離感の変化でした。仕事のモードからカジュアルな会話へと自然にスイッチして、親しくなれた気がする。

野坂:でも後藤さんも、コホートが終わってからもちょくちょくここに顔を出されてますよね。コロナ禍で足りなかった部分を後から取り返せる場作りができてて良いなと思ってるんです。

あと、ケイトリンさんはコホートを超えて参加者を繋げているよね。参加した時期は違うはずなのに、みんな仲が良いなと。

期をまたいだ交流って、価値はあるんだけど、放っておいて簡単に混ざっていくものでもないので。その点でもナレッジシェアができてるというのは、フェニクシーさんの強みですよね。

 

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飯島さん:期を重ねるごとにコミュニティが大きくなって、それだけ面白いバックグラウンドや専門性を持っている人がどんどん増えていく。それがこの場所の価値にもなっていくので、期をまたいだ参加者同士の繋がりはこれからも丁寧に育てていきたいです。

平岡:「居場所がない若者」というフレーズがあちこちで見られるようになって久しいですが、最近は若者だけでなく大人の居場所もなくなっていってるような空気がありますよね。そういう意味では、飯島さんは色々な人の居心地をつくっておられるように見えました。

飯島:そのフェニクシーならではの居心地、いい意味での「家感」というのは、プログラムの中身は勿論ですが、ケイトリンも言っていたように食事に支えられている部分が大きいですね。プロの調理師が住み込んで、健康的で美味しい朝食・夕食を提供して、できるだけ事業開発に専念できるようにするというのは、他所ではなかなかできないことだと思います。

 

A 飲食での開業を考えている方がフェニクシー調理スタッフとなり、プログラム参加者に朝・夕食を調理提供するとともに、フードビジネス立ち上げに必要なスキルを身に付ける(画像提供:株式会社フェニクシー)

 

多様な人間との関わりで育てる、起業人材の折れない心 

平岡:実際のところ、卒業したあとはどのような温度感で繋がっているんですか? 友達に近くなるのか、やっぱり仕事仲間という色が強いのか。

後藤さん:半分半分って感じですね。利害関係が無いので付き合いやすいんだと思います。

飯島さん:利害関係に縛られないというメリットは、他の参加者の方からもよく聞きますね。

野坂:利害関係がないというのはつまり、集まっている人のバックグラウンドがそれぞれ全く異なるということですよね。良い作用も間違いなくある一方で、ハイコンテキストなバックグラウンドを共有できている場合、具体的なアドバイスをもらえたりもするじゃないですか。バックグラウンドが違うからこそ、逆に苦労したことってあったりしますか?

ケイトリンさん:良い質問ですね。私にとってはポジティブでしかありませんでした。私が開発したアプリのユーザーは、私とは全く異なるプロフィールを持っています。だからこそ、フェニクシーで沢山の人と出会い、自分のビジネスのためだけでなく、日本の社会問題や、今まで考えたこともなかったようなことを学ぶことができたのは、結果的に自分のビジネスを大きく前進させることに繋がりました。

後藤さん:私の場合は、創薬というプロジェクトのタイムスパンが10年単位に及ぶ一方で、参加者の大半はケイトリンのようにスピード感を持ってプロジェクトに取り組んでいたので、その点においては、孤独や不安を感じてもおかしくない環境ではありました。

ただ、私はずっとフェニクシーのコミュニティとだけに関わっていた訳ではなく、研究所へ戻ってディスカッションの機会もあったので、バランスが取れていました。そういう意味でも、やっぱりこの4ヶ月という長さがちょうどいいと思っています。これ以上長くなると、刺激に対して麻痺しそうだし、プログラムのあとのスピード感が人によって違うので。一旦4ヶ月で切って、そこから先は時々ここに集まって刺激し合うのがちょうどいいかなと。

 

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インキュベーションプログラムの参加者が4ヶ月住み込むフェニクシー施設「toberu 1」と「toberu 2」。京都の歴史的文脈を踏まえた創造性の高い建築作品として2022年には京都建築賞の最優秀賞を受賞。 

 

ケイトリンさん:4ヶ月は良いペースだよね。私の場合、プログラムが始まる前に3週間オリエンテーションでみっちりピッチの練習もさせてもらえたから、自信を持ってプログラムをスタートすることができた。限られた4ヶ月の中でも何度もピッチセッションを設けてくれたし。

飯島さん:もともとプログラムに組み込んでいるセッションだけでなく、大企業役員や連続起業家、投資家、大学執行部、イノベーション政策の中核を担うような方が気軽に立ち寄って下さるので、居合わせるフェロー1人1人を紹介しつつ1分ずつピッチを聞いてもらって意見交換するようなことも多々ありました。一流ビジネスパーソン、産官学のリーダーたちとの壁打ちは、参加者にとっては大きな収穫になったかと思います。

ケイトリンさん:このピッチラッシュは本当に良い訓練になりました。今も様々な場所でピッチをしますが、相手が興味を持っているかどうか、30秒も話せば顔でわかるんですよね。この経験がなかったら、興味がない相手を目の前にするだけでも悲しくなってしまっていたかもしれません。今は平気です。私のアイデアが否定されているわけではなく、単に関心があるかどうかだけの違いだと思えるようになりました。自分のビジネスを誰もが愛してくれるわけではないという学びは、本当に重要だったと思います。

飯島さん:こういう強さというか、生き抜くためのしなやかさというのも、プログラムを通して是非持ち帰ってほしいところです。ストリートのスマートさ、とも言えるでしょうか。サザエさんのカツオみたいな(笑)。そもそもプログラムに参加される方は皆さんとても優秀なので、その上でたくましさまで備えてもらったらさらに良いなと。

野坂:新しく何かを起こすときって、そういう肩透かしをくらうような瞬間って必ずあるじゃないですか。「何のためにやってんの」とか、「できたらいいよね」って言ってはくれるけど仲間にはなってくれないとか。そういう局面でも折れないたくましさというか、水を差されても蒸発させるくらいの熱みたいなのがどうしても必要ですよね。

 

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今まで見えなかった繋がりに目が行くようになった

平岡:プログラムの中でも、我々が担当したデザインアプローチのセッションにフォーカスすると、何か印象に残っていることはありますか。

後藤さん:そもそもデザイン思考を全く知らなかったので、初回の説明なんて正直何を言ってるのか全然わかりませんでした。創薬ビジネスでは認可・販売までのプロセスが固定していることもあって、自分にはあまり関係の無い話かもしれないなと。

でも、創薬ビジネスではなく、自分のもう一つの職業である医師という視点から見ると、割と当てはまる部分が見えてきたんです。患者さんに対して、目の前の症状に対してきちんと診断してお薬を出すという職務は果たしてきたけれども、その先を見て、この人が本当に求めてることって何なんだろうというところまでは、あまり意識していなかったんですね。そのあたりを探っていくような思考の癖がつきました。

あとは、デザイン思考の概念をインストールしたことによって、世界の見え方がすごく広がった感覚もあります。医療の世界に関しては割と理解していると思っていたんですけど、その周りで医療機器や薬を開発している人たちがこんなにも沢山いるんだと。そこまで見えるようになると、今まで全く繋がって見えなかった業種との繋がりにも目が行くようになって。今までスルーしていた大学からのメールマガジンにも、ひと通り目を通すようになりました。

 

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平岡:それってかなり大きな行動変容ですね。ステークホルダーがはっきり見えるようになったと。

ケイトリンさん:ステークホルダーの解像度が高くなったのは、私にとっても最大の学びでした。私の開発しているアプリの場合、ユーザーは小・中・高校生や学校の先生なんですが、カスタマーは教育委員会や児童相談センターなどの組織になります。デザインシンキングのセッションを受ける前は、その線引きを全くできてなかったんです。セッションの中で野坂さんに指摘してもらったんですが、これがなかったら私のビジネスモデルは全く違うものになっていたと思います。

 

多様性がイノベーションをエンカレッジする

ケイトリンさん:あとは、インフォバーンにはイスラエル出身のヤエルさんというファシリテーターもいて、私が日本語のセッションにきちんと追いついているか丁寧にサポートしてくれました。チーム全体が、常に参加者のペースを尊重して、ケアしてくれると感じることができました。プログラムを円滑に進めるのを目的にするのではなく、私たち参加者がしっかりと理解することを目指して、フォーカスがいつも私たちに向けられているようで、安心できましたね。

飯島さん:多様性の確保はプログラム全体でも大切にしている部分なので、デザインシンキングのセッションでも担保できたのは良かったです。

後藤さん:バックグラウンドが多様な一方で、共通点としては、ポジティブに物事を捉えられる人が多いですよね。さっきも話にありましたが、やっぱり起業って落ち込んだり不安になったりする瞬間も少なくないので。そういう部分は共通しつつ、似たような人が集まることはなく、絶妙に少しずつ違う人たちが選ばれてるイメージです。

 

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飯島さん:そこはね、結構工夫してるんですよ。業種・業界的なダイバーシティは必ず確保した上で、性別も国籍も年代も割とマッシュアップできていると思います。特に年代のところって、意外とカバーしにくい部分だと思うんですが、うちの場合は幸いなことに、学生からシニアマネージャーまで集まってくれます。

後藤さん:僕の場合、同じコホートに年上の方がいたこともあって、勇気づけられましたね。若い人たちだけじゃなくて、自分たちの年代でも今からやってもいいんだって。自分が頭の中で勝手にかけていたブレーキをなくしてくれたような感じです。

ケイトリンさん:私は逆の意味でもエンカレッジされましたね。つまり、失敗しても、それはそれでよくて、次があると希望を持てたんです。彼らは今こういう仕事をしているけれど、ここに至るまでに回り道や失敗をしてきているかもしれない。私が今やっていることも、成功や失敗に関わらず、何かしらの形で必ず未来に繋がると思うと、励みになりました。

平岡:人生100年時代ですからね。起業する人も増えて、フェニクシーに集まる起業人材たちのバックグラウンドも更に多様になっていくかもしれませんね。

飯島:そうですね。フェニクシーでは年齢も国籍も性別も関係なく、とにかく心の底から「収益と社会的インパクトを両立する事業を創りたい!」という気概をお持ちで、周りを巻き込みながら進めていける人であれば、どなたからの応募も大歓迎します。

平岡:ますますこれからが楽しみですね。我々もセッションを更にブラッシュアップして、来期を盛り上げていきたいと思います。

 

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ケイトリンさん、後藤さん、飯島さん、貴重なお話をありがとうございました。

株式会社フェニクシー様のインキュベーションプログラムデザイン支援についての詳細についてはこちらのページをご覧ください。

 

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